先ほど、和歌山の地域振興券のネタを投稿したのですが、香川は違ってました。すみません。訂正させていただきます。 香川ではなく徳島でした。 でも、目の前に淡路がいてるのに兵庫が無いのは確かです。何でやねん。
和歌山行って、海峡を挟んだ淡路島を堪能。しかし、貰ったGotoクーポンの地域振興券には、淡路もすっ飛ばして、徳島の名前が…。何でやねん!。挙げ句、レオマリゾートとコラボしたCMまで…。淡路をなめとるぞ。まぁ、兵庫の振興券にも和歌山は入っとらんがな。
コウノトリ但馬空港では駐機場のスペースに余裕があるため、定期便の出発時に180度ターンを行って、左右どちらの席に座っても送迎デッキからの見送りに手を振って応えられるように配慮してくれるパイロットが多い。
仕事でこちらへ来た東京人と電車に乗ったら、電車の行き先の「新三田」を見て「にいみた…?」 「しんさんだ」だと教えると、「なにげに難読地名ですね」と言われた。 言われてみれば、「三田=さんだ」は、重箱読みだ。
山陽電車滝の茶屋駅は、海辺に立地している割に標高が高い。元日は初日の出を見ようと、下りホームには人が並ぶ。
修学旅行、小学校は「伊勢」、中学では「東京・日光」、高校で「九州」、というのが定番だったのは、昭和30年代生まれまでかな? ちなみに、伊勢へは、近鉄「あおぞら号」、東京は新幹線で、九州へは別府航路の関西汽船だった。
姿を現した 阪急神戸三宮駅の アーチ窓と丸いタワー。 見かけるたびに 小さくガッツポーズ…
明石の明石焼き(たこ焼き)には熱々の明石焼きを冷え冷えの出汁に浸して食べる店があるのが別に不思議でもなんともない事をご存知ですか? 一説によれば熱々の明石焼きを冷え冷えの出汁に浸して食べさせると客の回転率があがるとか。
県立高校の修学旅行は、どの学校もスキーだったでしょうか? めっちゃ楽しかった …けど、冬山に閉じ込められ、自由行動の時間が全くなかったとも言えるような気が…
1967年に行った小学校の修学旅行は、今の北区、当時の兵庫区北部の小学校全部が集まった「北神連合」という団体で挙行された。 各小学校からバスで近鉄上本町駅に集結、修学旅行専用車「あおぞら号」で、大挙伊勢に向かったのだった。 でも、「全小学校」っても、確か10校程度でしたっけ。
元日の朝、鯛の尾頭付きは箸をつけずに「にらみ鯛」 2日の朝は「とろろご飯」
東京に住み始めて感じたこと。大阪や京都に比べて、兵庫も神戸も存在感が薄い。新潟出身の上司から、「年末は大阪に帰るんだよね?」と言われ、内心イラっとした。新潟県民に山形とかと富山とか言ったら絶対否定するクセに。。。東日本では「関西=大阪 or 京都」だと思い知らされた。
長田に実物大・鉄人28号が出来ると聞いた時、「なんや、太陽の使者(八十年代のリメイク版)バージョンちゃうんか」と、ガッカリした七十年代生まれ・・・ しかし実物見ると、あまりのカッコ良さに物凄く愛着が沸いてしまった・・・
「つるつるいっぱい」「だんにゃー」と方言に同じ、あるいは似た言葉もあり、鯖のへしこ(糠漬け)も作ってる但馬・・・ 我が故郷、福井県とダブる・・・ やはり同じ日本海側か・・・
但馬の冬は積雪も多いけど凍結が半端ない。そのため夜間に塩カルを撒かれるので 車体の下は錆びるし、消雪の水で車全体に被りながら兵庫南部に行くと、着いた時には どこ走ったらそんな状態になるん??ってくらい痛い状態に!!(白い泥を車全体にかけた感じ)行き交う人がガン見して超恥ずかしい。
新長田に聳える「鉄人像」。長田は、横山光輝ゆかりの地で、商店街は「三国志」押しだが、「鉄人」の足もとに「魔法使いサリー」がいると、もっと盛り上がるのに、と思うのは、自分だけだろうか?
但馬人はカニを食う速さがハンパない。松葉、紅(ズワイ・ベニズワイ)の食べ方を嫁と娘(二人とも東京生まれ東京育ち)レクチャーする。また、カニが上がらない地域の人にも、その機会が多い。
諏訪山公園の植物園のとこに、体重計になってる噴水があったの知ってる方いませんか?乗ったら噴水の水が体重の目盛りまで上がるという、今思えば恥ずかしい代物です。
東京に行って気づくことやけど、神戸に戻ったときに新神戸駅からきれいな港町の風景眺めると「やっぱ神戸が一番やなあ」って感動するよね・・!!でも右端の方にある業務スーパーの看板見ると「・・笑」ってなるよね・・!!
西区と北区に住んだ後、西宮に越した。 越してから最初に参加した町内の掃除で、「そこの、がんじき、取って」と言うたが通じなくて、ポカン、とされた。 「べっちょない」も、なに、それ? と笑われた。 どちらも、関西共通語だと思ってたが、播州弁と初めて知った。
但馬に行ったとき、まず、ここほんまにおんなじ兵庫県なん?と思う
現在関東在住。コンビニで、中華まんに辛子がついてこないことに憤る。いや、そもそも「肉まん」じゃねぇんだよ「豚まん」なんだよ、俺が食べたいのは!
神戸の餃子専門店は味噌だれで食べるところが多い。餃子の王将でも、裏メニューで味噌だれを用意してある店舗もあり、王将に行くときは必ず「味噌だれありますか?」と聞くようにしている。
学生時代、東京から友人が遊びに来た。 神戸の街を案内した後、自宅に招待した。 電車が菊水山に差し掛かった辺で、彼の顔が不安げに・・・ 自宅最寄駅に着くと、辺りを見回しながら「こ、ここも、神戸・・・なの?」と訊かれた。
昭和30年代、今の北区は兵庫区の一部だった。 我が家周辺には上下水道はなく、簡易水道だった。 風呂は五右衛門風呂、洗濯は川でしてた。 うちには牛もいた。 ハンドルをグルグル回して交換を呼び出す電話機だった。 外便所で、もちろん「ぼっとん」だった。 神戸の街に出ると、舗装路と信号が珍しかった。
私たちは、ラジオ体操ではなく神戸体操で育ちました。ノートも、神戸ノートで勉強しました。灘生協は、コープさんと呼んでました。それが、神戸市だけとは思わず、もう50代最後
この広い兵庫県、いや兵庫連邦で、車のナンバーが2種類しかないのが、不思議。 大阪には4つあるし、愛知県には8つ、千葉県には10種類もある。 「淡路」ナンバー、「但馬」ナンバー、さらに「丹波」も、あってもいい、と思う。 ついでに「阪神」も、欲しい。
徳島ナンバーやるって言われても要らんし、姫ナンも要らん、淡路ナンバーなんか作るなよ(^∇^)
須磨にはたこ焼きに出汁をぶっ掛けて食べるたこ焼きがある。ソースたこ焼きと明石焼きのハイブリッド( ^ω^ )
地下鉄長田駅で、電車を降りてきたらしい人から、神鉄長田駅への行き方を訊かれた。 もう一回電車に乗ってください、と答えた。 神鉄長田駅近くに住んでいた親戚は、タクシーで帰宅するときにはいつも「名倉へ」と言っていた。 駅名も、そっちに改称した方がいい・・・ような気がする。
先ほど、和歌山の地域振興券のネタを投稿したのですが、香川は違ってました。すみません。訂正させていただきます。
香川ではなく徳島でした。
でも、目の前に淡路がいてるのに兵庫が無いのは確かです。何でやねん。
和歌山行って、海峡を挟んだ淡路島を堪能。しかし、貰ったGotoクーポンの地域振興券には、淡路もすっ飛ばして、徳島の名前が…。何でやねん!。挙げ句、レオマリゾートとコラボしたCMまで…。淡路をなめとるぞ。まぁ、兵庫の振興券にも和歌山は入っとらんがな。
コウノトリ但馬空港では駐機場のスペースに余裕があるため、定期便の出発時に180度ターンを行って、左右どちらの席に座っても送迎デッキからの見送りに手を振って応えられるように配慮してくれるパイロットが多い。
仕事でこちらへ来た東京人と電車に乗ったら、電車の行き先の「新三田」を見て「にいみた…?」
「しんさんだ」だと教えると、「なにげに難読地名ですね」と言われた。
言われてみれば、「三田=さんだ」は、重箱読みだ。
山陽電車滝の茶屋駅は、海辺に立地している割に標高が高い。元日は初日の出を見ようと、下りホームには人が並ぶ。
修学旅行、小学校は「伊勢」、中学では「東京・日光」、高校で「九州」、というのが定番だったのは、昭和30年代生まれまでかな?
ちなみに、伊勢へは、近鉄「あおぞら号」、東京は新幹線で、九州へは別府航路の関西汽船だった。
姿を現した
阪急神戸三宮駅の
アーチ窓と丸いタワー。
見かけるたびに
小さくガッツポーズ…
明石の明石焼き(たこ焼き)には熱々の明石焼きを冷え冷えの出汁に浸して食べる店があるのが別に不思議でもなんともない事をご存知ですか?
一説によれば熱々の明石焼きを冷え冷えの出汁に浸して食べさせると客の回転率があがるとか。
県立高校の修学旅行は、どの学校もスキーだったでしょうか?
めっちゃ楽しかった
…けど、冬山に閉じ込められ、自由行動の時間が全くなかったとも言えるような気が…
1967年に行った小学校の修学旅行は、今の北区、当時の兵庫区北部の小学校全部が集まった「北神連合」という団体で挙行された。
各小学校からバスで近鉄上本町駅に集結、修学旅行専用車「あおぞら号」で、大挙伊勢に向かったのだった。
でも、「全小学校」っても、確か10校程度でしたっけ。
元日の朝、鯛の尾頭付きは箸をつけずに「にらみ鯛」
2日の朝は「とろろご飯」
東京に住み始めて感じたこと。大阪や京都に比べて、兵庫も神戸も存在感が薄い。新潟出身の上司から、「年末は大阪に帰るんだよね?」と言われ、内心イラっとした。新潟県民に山形とかと富山とか言ったら絶対否定するクセに。。。東日本では「関西=大阪 or 京都」だと思い知らされた。
長田に実物大・鉄人28号が出来ると聞いた時、「なんや、太陽の使者(八十年代のリメイク版)バージョンちゃうんか」と、ガッカリした七十年代生まれ・・・
しかし実物見ると、あまりのカッコ良さに物凄く愛着が沸いてしまった・・・
「つるつるいっぱい」「だんにゃー」と方言に同じ、あるいは似た言葉もあり、鯖のへしこ(糠漬け)も作ってる但馬・・・
我が故郷、福井県とダブる・・・
やはり同じ日本海側か・・・
但馬の冬は積雪も多いけど凍結が半端ない。そのため夜間に塩カルを撒かれるので
車体の下は錆びるし、消雪の水で車全体に被りながら兵庫南部に行くと、着いた時には
どこ走ったらそんな状態になるん??ってくらい痛い状態に!!(白い泥を車全体にかけた感じ)行き交う人がガン見して超恥ずかしい。
新長田に聳える「鉄人像」。長田は、横山光輝ゆかりの地で、商店街は「三国志」押しだが、「鉄人」の足もとに「魔法使いサリー」がいると、もっと盛り上がるのに、と思うのは、自分だけだろうか?
但馬人はカニを食う速さがハンパない。松葉、紅(ズワイ・ベニズワイ)の食べ方を嫁と娘(二人とも東京生まれ東京育ち)レクチャーする。また、カニが上がらない地域の人にも、その機会が多い。
諏訪山公園の植物園のとこに、体重計になってる噴水があったの知ってる方いませんか?乗ったら噴水の水が体重の目盛りまで上がるという、今思えば恥ずかしい代物です。
東京に行って気づくことやけど、神戸に戻ったときに新神戸駅からきれいな港町の風景眺めると「やっぱ神戸が一番やなあ」って感動するよね・・!!でも右端の方にある業務スーパーの看板見ると「・・笑」ってなるよね・・!!
西区と北区に住んだ後、西宮に越した。
越してから最初に参加した町内の掃除で、「そこの、がんじき、取って」と言うたが通じなくて、ポカン、とされた。
「べっちょない」も、なに、それ? と笑われた。
どちらも、関西共通語だと思ってたが、播州弁と初めて知った。
但馬に行ったとき、まず、ここほんまにおんなじ兵庫県なん?と思う
現在関東在住。コンビニで、中華まんに辛子がついてこないことに憤る。いや、そもそも「肉まん」じゃねぇんだよ「豚まん」なんだよ、俺が食べたいのは!
神戸の餃子専門店は味噌だれで食べるところが多い。餃子の王将でも、裏メニューで味噌だれを用意してある店舗もあり、王将に行くときは必ず「味噌だれありますか?」と聞くようにしている。
学生時代、東京から友人が遊びに来た。
神戸の街を案内した後、自宅に招待した。
電車が菊水山に差し掛かった辺で、彼の顔が不安げに・・・
自宅最寄駅に着くと、辺りを見回しながら「こ、ここも、神戸・・・なの?」と訊かれた。
昭和30年代、今の北区は兵庫区の一部だった。
我が家周辺には上下水道はなく、簡易水道だった。
風呂は五右衛門風呂、洗濯は川でしてた。
うちには牛もいた。
ハンドルをグルグル回して交換を呼び出す電話機だった。
外便所で、もちろん「ぼっとん」だった。
神戸の街に出ると、舗装路と信号が珍しかった。
私たちは、ラジオ体操ではなく神戸体操で育ちました。ノートも、神戸ノートで勉強しました。灘生協は、コープさんと呼んでました。それが、神戸市だけとは思わず、もう50代最後
この広い兵庫県、いや兵庫連邦で、車のナンバーが2種類しかないのが、不思議。
大阪には4つあるし、愛知県には8つ、千葉県には10種類もある。
「淡路」ナンバー、「但馬」ナンバー、さらに「丹波」も、あってもいい、と思う。
ついでに「阪神」も、欲しい。
徳島ナンバーやるって言われても要らんし、姫ナンも要らん、淡路ナンバーなんか作るなよ(^∇^)
須磨にはたこ焼きに出汁をぶっ掛けて食べるたこ焼きがある。ソースたこ焼きと明石焼きのハイブリッド( ^ω^ )
地下鉄長田駅で、電車を降りてきたらしい人から、神鉄長田駅への行き方を訊かれた。
もう一回電車に乗ってください、と答えた。
神鉄長田駅近くに住んでいた親戚は、タクシーで帰宅するときにはいつも「名倉へ」と言っていた。
駅名も、そっちに改称した方がいい・・・ような気がする。