県公式・兵庫五国連邦プロジェクト

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U5H兵庫五国連邦 各国紹介

でも言わない。の、

「但馬って言ってもどうせ誰も知らない」「但馬って何もない」「但馬人っておもしろいこと喋れんから関西人なんて恥ずかしい」と、自分が最初に言ってしまう但馬人。つい他国民から「いやいや! 日本ののルーツは但馬!」「兵庫県が誇るカニも牛も城崎温泉も但馬!」とフォローが入る……実はしたたかな作戦!?

▶どこにある?
但馬国は、兵庫県の北部。
南側は険しい中国山地、北側は日本海。

「全国ニュースの天気予報は大阪ではなく松江や金沢を見る」
「4月下旬~5月中旬に日本で一番暑くなる町、豊岡。昼は30℃近く、夜は15℃位まで気温が上下し、体調を崩す人が続出」
「冬、車に雪を積んで兵庫県南部に行くと快晴。車から降りると(自分だけ)長靴」

一般的な「関西」のイメージとはだいぶ違い、とくに冬は雪深くなる、けっこう厳しい自然。
一方で、コウノトリと人の共生が実現したり、カニもホタルイカも日本有数の水揚げ量だったり、とても豊かな自然を誇る土地でもあります。

▶どんなひと?
そこに住む人たちは……

「但馬人は投稿されたエピソードを見て、心の中で(あるある!)と連呼しつつボタンは押さないのでは?と思います。少なくとも私は但馬ネタがそこに掲載されているというだけで満足なので」
「旧養父郡大屋町は2001年3月まで”信号機が1機もない町”だった。但馬の運転は優しいので信号機がなくても事故はあまり無かったとか」
「但馬の人は喋るのがゆっくり。違う、訛り強すぎて伝わらないから言葉選んで喋ってる!」

心優しくて奥ゆかしい人たち。
但馬の人って、そんなイメージがあるようです。

▶でも言わない。
志賀直哉の小説にもなった城崎温泉、「日本のマチュピチュ」としてブレイク中の竹田城跡、「日本最古の時計台」辰鼓楼。
ユネスコ世界ジオパーク「玄武洞」では、約260万年前からの時代に地球磁場が逆転したことが発見され、やがてプレートテクトニクス説が生まれることになった。
戦国時代に拓かれた生野銀山は、信長、秀吉、家康などの天下を支え、やがて明治時代には日本初の政府直轄運営鉱山となって、神戸港はじめ日本の近代化を支えてきた。
歴史的に盛んだった養蚕は、江戸時代にこの地で編まれた技術書「養蚕秘録」が日本全国さらにはシーボルトによってヨーロッパでも教科書となり、丹波の製糸、丹後の織物とともに近代日本の基幹産業となった。
一方で、近代化の中、山奥で純血を守り抜いたは、神戸ビーフをはじめ特選松阪牛や近江牛など日本国内の黒毛和牛の母牛の99.9%のルーツになっている。
……でも、言わない。
これらの4つの「大いに自慢していい」はずの歴史的事実について、但馬地域からの投稿はゼロ件(※2020年3月時点)

それがきっと、但馬の人の魅力。
あ! そういえば、そんな控えめな但馬の人から、こんな投稿が……。

「兵庫以外ではほとんど『但馬』を『たんば』と読まれる」

ぜひ覚えて! 
「たじま」といいます。なかなか大声で自分を語らない但馬の魅力、ぜひ現地を訪れて出会ってくださいね。

※2021年6月9日、日本最古の時計台は札幌市時計台と判明いたしました。


ゆったり優雅。の丹波

田舎、だったはずだった。だけどいつしか「オシャレな田舎」になっていた。丹波のブランディング力は、他国人の羨望の的。オーガニック野菜、ジビエ料理、古民家宿泊……昔からあったはずのもので、余裕のリードを見せつける。市と丹波市、ふたつの市で兵庫県丹波国。力寄せ合って、オシャレ街道独走中!

▶どこにある?
かつての丹波国は、現在、兵庫県と府に分かれるかたちになっている。
なので、兵庫県の「丹波国」は、京都府に接する、兵庫県の東側に位置する。
では県の北側なのか、南側なのか、というのは、とても難しい問題になる

「北部? 南部? 丹波って、位置が非常に中途半端やな〜」
「気持ちは兵庫県南部、天気予報は兵庫県北部」

答えはおそらく、「中央

「丹波には、日本一(※)低い中央分水嶺がある。もし海面が100m上昇したら、本州は兵庫(と京都)で東西に分断される」(※正確には「本州一」

「中央分水嶺」とは、たとえば空から雨粒が落ちてきたときに、やがて太平洋側に注ぐ川になるか、やがて日本海側に注ぐ川になるか、分かれる地点。別名「水分かれ」(みわかれ)。

丹波には、標高95mの、本州でいちばん低い中央分水嶺がある。その周辺は「氷上回廊」といい、ふたつの海からの風が集まって春や秋には霧を生み、全国的にも珍しい多様な生物がくらす、美しい里山となっている。それは、真ん中だから、なのですね。

▶どんなひと?
そこに住む人たちは……

「故郷を離れ、丹波栗でない市販の栗が小さいのに驚いた」
「家でも学校給食でも出るのは黒枝豆」
「神戸や大阪の飲み屋で枝豆を食べるとガッカリする。豆が小さすぎ~」

丹波国といえば、夏はビールのお供になり冬はおせちの名脇役となる黒大豆や、栗や、松茸や、猪や鹿などのジビエなど、おいしい農産物がどっさり。
もちろんそれは、この地域に住むひとが、土地の恵みをとても大切に扱っているから。黒大豆の刈取りは、いまでも人手による作業が中心。

「枝豆(黒大豆)は貰うもの。朝起きたら玄関先に置いてある。心当たりが多すぎて、誰がくれたか特定するのに時間がかかる(笑) 買うのは丹波外の友人への贈り物用。」

そんな大変な思いをして収穫したものを、「食べきれないから」とみんなで分け合う文化が、丹波国にはあるという。名物のぼたん鍋になる猪肉もまた、シーズンになると、どこからともなくまわってくることが多いとか。

誰もが美しいと思う丹波国の里山の光景には、「分け合う文化」という、古き良き日本の素敵さも映りこんでいるのかもしれないですね。

▶なんだか時間も気持ちもゆったり
平安時代末期~鎌倉時代初頭から続く、「日本六古窯」のひとつ丹波焼。歌詞が200番にも300番にもなると言われるほど愛されているデカンショ節。灘五郷をはじめ兵庫県内の日本酒造りを圧倒的な技術で支えてきた丹波。江戸時代の風情をいまに伝える篠山城跡と城下町。明智光秀ゆかりの黒井城。そして豊かな豊かな、里山の恵み。

「のんびりしている人が多い。デカンショ節も「半年ねて暮らす」「(勝手に)猪がとびこむ牡丹鍋)」とか人じゃなくて「山家の猿が花のお江戸で芝居する」とか……」

歴史と自然がたっぷりの丹波国、なんだか時間も気持ちもゆったりになるようです。

優雅で控えめ。
地元のひとは「なんもない田舎」と言ったりもするけれど、実は時間や歴史や文化など「見えない豊かさ」にあふれている丹波国。余裕のリード感は、ここから来るのか!?
ちなみに、実は大阪・京都・神戸の「三都」どこからも、わりとアクセス良好。ぜひ気軽に来てみてね。


道真もウキウキ♪ の

本州と四国をつなぐ「夢の架け橋」、明石海峡大橋。世界最長の吊り橋を南へとわたる他国人に、淡路島はリゾートアイランドにしか見えていない。鯛! 鱧! ふぐ! そしてたまねぎキャッチャーに、生たまねぎソフトに、巨大たまねぎオブジェ……圧倒的なストーリーマーケティング力は、国生み神話に始まる!?

▶どこにある?
淡路国は、瀬戸内海に浮かぶ島。
徳島県と兵庫県のあいだにある。

「淡路島出身っていうと必ず『ホームランボールは海に落ちるよね』って言われる」
「淡路島って北の端と南の端でキャッチボールできるんやろ? って時々聞かれる」

淡路島の実際のサイズは約590㎢。

「琵琶湖と面積がほぼ一緒なこと、島民はみんな知っている。でも実際は負けている」
「淡路島は琵琶湖が本州から剥がれてできたという偽りの伝説。また、淡路島を琵琶湖にはめ込んだら地球が崩壊するという小学生時代の笑い話」

温暖な瀬戸内気候で、いまやリゾートアイランド。
他のあらゆる地域から、「明石海峡大橋を渡るときのウキウキ感ったら!」という意見が多数あつまる、胸弾ませる淡路国です。

▶どんなひと?
そこに住む人たちは……

「淡路産以外の玉ねぎが食べられない」
「玉ねぎ小屋が何なのか、わかってもらえない」
「淡路島では農民車といったら通じるが、他府県の人には通じない」

淡路国は、古代から朝廷に食材を提供した「御食国(みけつくに)」。レタス、鯛、鱧、ふぐ、しらす、淡路牛などの海の幸・山の幸に恵まれ、食料自給率は100%超え(※カロリーベース)。
とくに「淡路島産玉ねぎ」は、全国的なブランドとして確立されている。

小さな畑を耕し、ふつう4ヶ月ほどで収穫する玉ねぎを6~7ヶ月かけて育て、さらに収穫後は「玉ねぎ小屋」に吊って熟成させる。
そのすべての工程に欠かせないのが、島で独自の進化を遂げた「農民車」。
各農家のニーズに合わせて、島内の鉄工所により中古部品で1台ずつフルカスタム生産!
すべては、島の豊かさを、島ばかりではなく島外の人にも、都にも届けるために。これが、「御食国」の人々の心意気。

▶失意の菅原道真も思わず胸弾ませた。
ここは「国生み神話の島」。
『古事記』や『日本書紀』によると、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が天沼矛(あめのぬぼこ)で下界をかき回し、日本で最初に生まれたのが淡路島だという。

「学校の百人一首大会で、『淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守』が読まれると、その日一番の盛り上がりをみせる」

一説によると、淡路島が歌枕となった和歌は、万葉時代から約300首もあるとのこと。美味佳肴に風光明媚。なるほど、観光地として、昔から人気なわけですね。

「淡路市の小学校では、夏になるとプールの持ち物として、水着、キャップ、ゴーグル、タオル、命札(いのちふだ)を準備します!」
「淡路の祭屋台で買うものと言えば、ならぬ、ピンス焼き! 中がクリームなのが美味しいんよ~って、実はあれ……」
「法事のとき皆で山に登っていき、後ろを向いて谷に背中からおにぎりを投げるという風習がある」

島の自然と人々の営みが織りなすワンダーランド、淡路島。
世界最長の吊り橋・明石海峡大橋まで、神戸から車で30分、大阪梅田から1時間くらい。さらに島を縦断して、世界最大の渦潮が見られる南あわじまで、30分ちょっと。島全域に20弱の海水浴場。失意の菅原道真も思わず胸弾ませた淡路島(※)、ぜひ遊びに来てね!

(※)大宰府に左遷される菅原道真が、淀川を流されているときに中州を見間違って「あれが、歌枕の淡路島?」と言ったのが、現在の大阪市東淀川区淡路の地名の由来といわれます。


だれもが英雄豪傑、の播磨。

「バンシュウ」それは他国人にとって、戦慄を呼ぶ響き。「日本一汚い」と言われる播州弁、その名も「灘のけんか祭り」を筆頭とする地域住民総出の播州秋祭り、独自の道交法があるのではと囁かれる車の運転……いや、なにより恐ろしいのは、それらをとても誇らしげに語る播州人だったりして!?

▶どこにある?
ざっくりいうと播磨国は、兵庫県の西部、中国山地より南側に位置し、瀬戸内海に面する。
西隣は岡山。東に向かって、討ち入りと塩田で有名な赤穂からタコで有名な明石まで、新快速電車でも約1時間かかる。

「甲子園で試合時間が長引くと『加古川より向こうの人帰られへん』と呟かれる」

これは、阪神ファンの方の投稿によると、「昔、延長戦で実況解説をしていた福本豊さんの言葉」だそう。たしかに、大阪に帰るよりも、同じ県内の加古川へ帰る方が終電が早い。

五国でダントツの広さを誇る、播磨。
大阪府にも京都府にも滋賀県にも1つずつしかない新幹線駅が、播磨国には「」「西明石」「相生」の3つもあるのも、むべなるかな。

▶どんなひと?

「播州の男たちは、大晦日が1年の終わりではなく、秋祭りの終わりが1年の終わりと考えている。秋祭りが終わったら、来年の秋祭りのことを考え、1年がはじまる」
「祭りが公休扱いになる学校が多数ある」
「祭り中心の生活をしていたら嫁から『そんなに祭りが好きなら、祭りと結婚しろ』と言われた」

播州といえば、祭り。実にすべての「あるある投稿」のうち5%弱が「播磨の祭りネタ」という熱さ。そしてもうひとつの”誇り”は……

「普通に地元の方言で楽しく喋ってるだけなのに、他所の地域出身の人には喧嘩してると度々間違われる」
「子育ては当然播州弁。そしたら、学校で先生に怒られても『全然怖ない』 お母さん、そんなに怖いか?」
「けなされてるはずなのに、何故か『日本一きちゃない言葉・播州弁!』と誇らしげに言う播州人」

方言ネタも多し。播州秋祭りに播州弁が播磨の誇り! ただし、広いのでもちろん地域性も豊か。

「播磨はそれなりに広いせいか、地域性も相当バラバラで、例えば、ざ行がちゃんと言えないのは北播磨地域、祭りと仕事の板挟みは主に姫路、その他色々」
「『祭まつりいうて騒ぐんは浜手の方だけ』と、奥播磨の人は冷笑的。けどそちらではトンドや鬼や農村歌舞伎や山焼きやいうて忙しそう。地域行事に人生かけとんに違いはない」
「英賀保、網干、粟生、有年。読めたあなたは播磨人」

うん、自分の故郷をこよなく愛するのが播磨人! のようです。

▶英雄豪傑の出ない国。
日本の地域の最古の記録といわれる『播磨風土記』(時代初期)をもつ播磨地域。”日本一”がつくものを並べても、姫路城、タコ、山田錦、そうめん、そろばん、ゴルフクラブ、マッチ、くさり、ため池、地球儀時計、天文台などなど。歴史あり、お城あり、祭りあり、食文化あり、科学有、産業あり。実に豊かな地域。

「米も麦も綿も塩もようけでる温暖な気候。おかげで英雄豪傑の出ない国です。国家百年の計より今年の祭」

おそらくそこでは、郷土に誇りをもって暮らすひとすべてが、英雄豪傑。
ぜひ直接足を運んで、土地のひとに案内してもらってください。ガイドブックに載らない魅力を、たっぷり教えてもらえると思います。播州弁が怖い? べっちょない、べっちょない♪


自分がいちばん! の神戸・阪神

「自分のとこが一番と思ってるやろ!」と他国人から言われても「いや、実際そうだから仕方ない」と真顔で答えがちな、神戸・阪神。ダウンタウンの尼崎、歌劇団の宝塚、甲子園の西宮、まさに「BE KOBE」を合言葉にする神戸……地域内でもプライドとプライドのぶつかり合いは日常茶飯事!?

▶どこにある?
歴史上「神戸・阪神」という国はなく、本当は「摂津国」。おおよそ、現在の大阪府の北中部と、兵庫県の南東部にまたがっていた。
そんな中世の国名は「摂津市(大阪府)」と「JR摂津本山駅(兵庫県神戸市)」などに名残をとどめている……けれど、兵庫県内「ここは摂津国!」と思っているひとは、いまは少ないよう。

では、いまの兵庫県の南東部を何と呼べば、地元のひとが「わが故郷!」と思うだろう?

「出身を聞かれても兵庫県とは言わない。住所を書くときも神戸市から書き始めてしまう」
「ちなみに、神戸人にとって『兵庫』とは、兵庫駅周辺の狭い地域を指すことが多い」
「『阪神タイガース』は、『阪神(電鉄)タイガース』ではなくて、『阪神(地区)タイガース』です。この場合の『阪神』には、神戸も大阪も含まれません」

某通信社の地域分けでも、「神戸・阪神」となっていました。なるほど。
というわけで、兵庫県でかつて「摂津国」だったエリアは、いまは「神戸・阪神」が故郷名としてしっくりくるようです。……あっ、念のために確認しておきますが、

「尼崎って市外局番が06やのに大阪ではなく兵庫県」

です!

▶どんなひと?
そこに住む人たちは……

「尼崎、西宮、芦屋、伊丹、宝塚あたりはどこに住んでいるかを聞かれても大阪や神戸とは答えない。だいたい兵庫かそれぞれの自治体名で答える」
「三田は『丹有』(丹波と有馬)という思いが強い。いまも中学高校のスポーツ大会では『丹有』地区らしい」
「商品や食べ物にやたらと神戸をつけたがる」

それぞれ異なる文化、歴史、名所。個性豊かないくつもの地域が、西の神戸市須磨駅から芦屋市、西宮市を通って東の尼崎駅までJRで35分の距離に集まる。しかも阪神間は、JRに平行して、北側を阪急電車、南側を阪神電車が走っている。

通勤も通学も買い物も友だちも、近隣の自治体にまたがっているのが当たり前。だから仲良し……と思いきや、「一緒にせんといて」投稿もチラホラ。やっぱり仲悪い?

▶どこに行っても。
奈良時代に拓かれた天然の良港「大輪田の泊」は、平安時代後期には日宋貿易の拠点となり福原遷都まで行われ、やがて明治維新の年に国際貿易港「神戸港」となる。1980年代初頭にはコンテナ取扱量で世界3位。

しかし1995年、近代日本で初めての都市直下型地震として未曽有の大災害となった阪神・淡路大震災が起こる。栄光の神戸港も、東洋の真珠と称えられたハイカラ神戸のまちも、そして西は明石市(播磨だけど車は神戸ナンバー)から尼崎市まで、壮絶な被害を受けた。

それから神戸・阪神は、力を合わせて立ち上がってきた。住民同士、さらにはより広く助け合い、「ボランティア元年」という言葉を生んだ。ここのひとたちは知っている、故郷の大切さを、地域のひとたちのかけがえなさを。

「神戸以上に帰りたいと思える場所が見つからない。どこにいっても、気づいたら神戸に戻ってる。」

そんな、「自分」と「自分たち」がオールタイム一番の、神戸・阪神です。会いに、来てね!