県公式・兵庫五国連邦プロジェクト

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なくなったものあるあるとは?

【ないある探検隊#3】ハチ北のマクドなるほド編

#ないないあるあるの投稿の中から特に気になるネタを取材する「ないある探検隊」。
今回は「ハチ北のマクドなるほド」に迫ります。
詳細はこちら>>>

【ないある探検隊#2】三宮のサソリと富士山・完結編!!!

今はないけどたしかにあった・・・そんな、私たちが覚えておきたい場所やモノを、みんなで語り合う投稿型コンテンツ、兵庫県U5H<なくなったものあるある>。
今回は、その特別取材バージョンの完結編!!!
三宮駅近くにあったとされる【巨大な富士山の看板】と【サソリの看板】。。。
ついにその全貌が明かされる!!そして、想像もしなかった意外な事実も!!!

【ないある探検隊#1】三宮のサソリと富士山

今はないけどたしかにあった・・・そんな、私たちが覚えておきたい場所やモノを、みんなで語り合う投稿型コンテンツ、兵庫県U5H<なくなったものあるある>。
今回は、その特別取材バージョン!兵庫県広報官をインタビュアーに、数ある投稿の中から特に気になるネタを徹底取材!

※動画内の効果音(フィルム)・・・OtoLogic提供
※写真提供・・・石津事務所

なくなったものあるある、新着エピソード

私は華僑の3世です。1970年小学校1年生の1年間寮生としてこの館で生活しました。1980年頃に寮は学校隣接地に移転、神戸市に売却?され、その後NHK朝ドラの舞台になり、2000年頃に30年ぶりに訪れて館内に入り、子供時代に日々寝泊まり食事した懐かしい思い出が鮮明に蘇りました。

メトロ神戸古書の街
たろからさん

先日たまたま通りがかったら、なくなっていました。
「上崎書店」など3店ほどがありました。かつてはここで「昭和」なエロ本に紛れていた掘り出し物を見つけたことも。
綺麗に整備されても、この店に象徴されるような猥雑さが消えるたび、街は窮屈になっていくような気がします。

明石郡
たろからさん

現在の明石市と神戸市西区、垂水区がその郡域。
戦前に垂水町が神戸市垂水区となり、戦後、現在の西区の諸村も神戸市と合併して垂水区に編入。
この時、大久保村と魚住村も神戸市との合併に傾くも、明石市に阻止された。
神戸は明石市にも合併案を持ちかけており、応諾に傾いた時期もあったそうだ。

パルナス製菓
上田太郎さん

パルナス、モスクワの味の曲は印象深いです。この曲で昔、モスクワへ行ってみたいな感がありましたが、実は恐ろしい国だったんですね。

明石にあった水族館
なんぶてつひろさん

昭和40年頃、父の実家(鍛冶屋町)から徒歩で訪ねました。たこ(イイダコ?)釣り場があったのと、プールのような釣り堀でニジマス釣りを楽しんだ記憶があります。

1階のマクドナルドで働いてました。震災で1階がつぶれちゃいましたね。一番上はボーリング場でした。

イカロス書房
たろからさん

確かに、公安警察にマークされてたようですね。
それらしき、やたらにガタイのいい人が、店の前に立っているのを見たような記憶も…
ちなみに、ここのブックカバーは、濃い緑色一色で、隅っこに小さく白抜きで「イカロス書房」。
このカバーのかかった本を持ってるのが、すごく誇らしかった。

通い詰めました。8番のバスに乗り。たくさんの特殊な本を集めてもらいました。ナボコフのアーダも。リゾームは山積み、ぜんぶ買いました。

よく行きました。いまもラーメンと焼飯は探しています。湊川温泉、松竹劇場、聚落館と連動してました。

イカロス書房
みずうみのさきさん

高校のときよく行きました。間仕切り半分、思想で半分、詩でした。日夏耿之助全集の一巻があり、なぜかと聞くと、それだけ詩集だからでした。コーベブックスでも取り置きしてたので、二つ持っています。思想、革命ミニコミを読んでいたら、ハンチングの公安な人に捕まり、良い高校に行ってるんやから、

何が始まるの?ー「なくなったものあるある」(通称:ないないあるある)

それは、1本の動画から始まりました。
広報戦略課での会議後、誰かがふと「ウェザーリポートって知ってる?」と言いました。
気象関係の会社かなと検索すると、「1986年神戸」という動画がヒットします。再生すると、そこに映し出されたのは、芦屋のあたりから垂水のあたりにかけて走る車の助手席から見える車窓の風景でした。おそらく一般の方が8ミリか何かで撮影したのでしょう。

それは神戸に2009年から住んでいる私には、初めて見る光景でした。当時但馬に住んでいた同僚にも、当時生まれていなかった同僚にも。やがて車は須磨の海沿いを西に、2号線を走ります。一瞬、西海岸風の白っぽい建物と駐車場が現れ、サンセットっぽい大きな看板に「WEATHER REPORT」という文字が見えました。通りすがった50代前半の同僚が「あ、ウェザーリポート。奥さんと行ってましたよ。ここに停まってる車、僕のちゃうんかな?」と笑います。

「ウェザーリポート」という飲食店が、当時の若者にとってどれくらい憧れの場所だったのか。どう神戸でデートしたのか。みんなが語りだします。それは、そのお店をまったく知らない私にも、現在垂水に住んでいる但馬出身の同僚にも、当時生まれていなかったけれど実は垂水出身の同僚にも、とてもおもしろい話でした。その日からずっと、2号線を通るたび「あ、ここにウェザーリポートがあったのね」と思い、見たことないはずの当時の若者たちが緊張しながらデートしていた息吹ようなものを想像しては、勝手に嬉しくなっています。


兵庫県では1995年に、阪神・淡路大震災が起こりました。あまりにも大きな力に、たくさんのものや場所が、この震災をきっかけになくなっています。他にも、時代の流れや、個人の営みのなかで、ものや場所は、変わり続けていきます。

だけれども、思い出は、変わりません。その場所が与えてくれた喜びは、たくさんのひとの胸の中にあります。「ふるさと」は、私たちそれぞれの、小さくて具体的なエピソードの集まり。だとしたら、そのような思い出が集まり、次の世代へと受け継ぐ場をつくるのは、兵庫県という「みんなのふるさと」の役割ではないか。そう、私たちは考えました。


これは、なくなったものや場所を、みんなの記憶で伝えていくプロジェクトです。この先、わたしたちにいろんなことがあっても、ずっと。

兵庫県広報官 湯川カナ