県公式・兵庫五国連邦プロジェクト

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vol.016 ワクチン対策課 棚倉那央子「もとからあるものなんて、何もないけれど」

取材日 2021年2月22日 /取材 兵庫県広報専門員 清水奈緒美

1月25日、県に新設された「ワクチン対策課」。医師の課長を筆頭に薬剤師、技師、事務職員という課組織のなかに投入されたのが、入庁5年目の保健師、棚倉那央子さんです。
待ち合わせ時間に伺うと、棚倉さんは息を切らせて外から戻って来たところでした。「業務で生田庁舎へ行ってましたっっ!お待たせしました!!」。
急ピッチで進めているワクチン接種。「日々の業務はめまぐるしいんだろうな」と推測はしていましたが、それが、行政にとっても医療現場にとっても前例のない一大プロジェクトであることを今回、ありありと知ることになりました。


この1年は、健康福祉事務所へ応援に行く日々でした

棚倉さんは、現ワクチン対策課と職員健康管理センターとの兼務ですが(ちなみに今の感染症等対策室には兼務の職員が7割ほど)、センターにいられることはほとんどないそうです。
「この1年、コロナ対応で人手が必要な県の各健康福祉事務所に応援へ行くこともありました。患者さんひとりひとりに、行動履歴の聞き取り、濃厚接触者の特定、搬送調整や入院調整とたくさんの業務を行うんですが、保健所のみなさんは、チーム体制組んで懸命にされていますね」と棚倉さん。
特に今、やむを得ず増えた入院待ちの患者さんへ、電話で健康チェックするのも、専門職である保健師の重要な仕事です。「思うのは、『若いから安心』ということでもないということです。『軽症だったのに、急に熱が出てきた』ということもあります(その際は、再度、入院調整の依頼をかける)」。

新設される課への異動。「え、どうしよう?!」

ワクチン対策課のできる前週、異動を知らせる電話がかかってきたそうです。「あの時は、阪神エリアの健康福祉事務所に応援へ行っていた週でした。夜に電話がかかってきて、異動を知りましたが、私も、ワクチンに関しては、ニュースで知るくらいだったので、『え、どうしよう?!』というのが率直な反応でした。国から各自治体への通知文なども、保健所に所属していれば目を通していたんでしょうけど、ニュース以上に知っていることもなかったので、異動が決まった週の土日に、国の通知やら厚生労働省のHPやら見漁りました」。

ワクチン接種の区分「①医療従事者向け先行接種」「②医療従事者向け優先接種」「③高齢者向け優先接種」「④基礎疾患のある方」「⑤住民接種」のうち、県が主となって調整しているのが、「②医療従事者向け優先接種」。この優先接種の対象となる方たちは、県内17万人以上という見込みです。

▶︎ 体制づくり其の1〜接種会場となる医療施設の確保〜
どの都道府県も"手探り"です

国は購入したワクチンを供給するが、それ以降は、各自治体に任されています。「短期間で一斉に、対象者へワクチンを届けるって、本当に前例がないことなんです。みんな、まさに“手探り”でやっています。なので、他府県からも『兵庫県では、これについては、どうされていますか』と電話がかかってきたりします」。

「医療従事者向け優先接種」の接種体制はざっくり言うとこうです。「基本型接種施設(大きな病院):50~60ヵ所」が核となり、ここから「連携型接種施設(医療機関):260ヵ所」へワクチンが分配されていきます。基本型接種施設には、冷凍で納入されるワクチンを保存する超低温冷蔵庫が設置。どの医療機関が基本型(接種施設)を担い、どの医療機関が連携型として接種に協力してくれるか、ゼロからの調整です。

「今、県内全ての医療機関に、『何人くらいの接種が可能か』の聞き取りを行っているところです。通常の医療を行いながら、ワクチン接種を実施していただくため、こちらから一方的に数を割り振るのではなくて、各医療機関のキャパシティに合わせていかないといけないです」と棚倉さん。そして、接種対象となる方たちが、ひとつの病院に殺到したり、逆に遠方まで行ったりすることにならないように、接種者と接種施設のおおかたの紐付けをしていくのが、次の作業です。

▶︎ 体制づくり其の2〜ワクチン配送の手配〜
配送の際に、何かあってはいけない

「医療従事者向け優先接種」の主な会場となるのが「連携型接種施設(医療機関)」です。ファイザー社製のワクチンを、マイナス75度前後という低温で保管できる冷凍庫は、どこにでもあるわけではないので、超低温冷蔵庫が納入されていく中核病院(県内50~60ヵ所)から、接種会場の「連携型接種施設」(県内260ヵ所)へとワクチンが分配されていきます。

実はその分配時にも、ワクチンならではの大変さがあるそうです。「配送の問題は、かなり大きいんです。接種をする医療機関が、都度都度、取りに行くわけにはいかないので、業者による配送を検討しています。今日もまさに、配送業者さんと打ち合わせがありましたが、普通の荷物と同じように運搬できるはずはなく、温度管理もネックですし、『何かあってはいけない』ので、慎重に決めていっています」と棚倉さんは話します。

▶︎ 体制づくり其の3 ~予診票の作成~
予診票システムを持っていない医療機関もある

接種の申し込みの際に必要なのが「予診票」。接種希望者は健康状態や既往症などを記入することになります。(問診票は症状の訴えがあるのに対して、予診票は主に予防接種の際などに使われます)。この予診票の共通フォーマットを作成し、接種者、接種会場となる医療機関などと共有するのも県の仕事です。「大きな病院だと、予診票を作成して管理するシステムがあるんですが、全ての病院がそのシステムを持つわけではないですし、膨大な数の接種者情報を紙で管理するわけにはいかないので、システムを使って接種券付き予診票を作成する予定です」。

▶︎ 体制づくり其の4 ~予約システムを作る~
“電話予約”という手間を取らせない

「『予診票ができました』。その次に接種者が行うのが、接種の予約です。接種会場となる医療機関に多くの人が殺到してもいけないですので、事前予約をしてもらうんですが、その予約システムも今、開発していっている最中です」と棚倉さん。単純計算で、医療従事者向け優先接種の対象となる約17万(人)を、会場数260(ヵ所)で割ると約680人/ヵ所。接種場所の医療機関は通常の医療を行いながら、ワクチン接種をしていくので、“電話で予約を受け、台帳で受付管理をする”なんてことは避けたい。「システム開発って、全部を委託すると、かなり費用がかかるんです。なので、一部の作業をこちら(県)で行って費用を抑えるようにするとか、そんなことも行っています」とのこと。

もとからあるものなんて、何もないけれど

そのほかの業務に「接種後の相談体制づくり」もあります。副反応に関する相談は、ひとつに「それぞれの医療機関で」、ひとつに「県設置コールセンターや専門の医療機関で」受けられるよう進めているそうです。いずれにせよ、「大きなプロジェクトだ」と棚倉さんは感じているといいます。「この数週間で、どれだけの院長先生とお話したか分からないくらい、いろいろな先生とお話させていただく機会がありました。なかには、『うちの診療所でも接種してもいいですよ』という本当にありがたいお申し出もあれば、接種体制についてのいろんなご意見もいただきます。前例がないので、いろいろな考え方があるのも当然だと思います。現場のご意見も大切なので、そこは、しっかり受け止めて…」。

絶対的な期日を前に、協力をお願いする先の多さと、体制づくりのひとつひとつが手探りであることに驚きます。「もとからあるものなんて、何もないんですよね。体制づくりもシステムづくりもゼロからです。すごいスピードで毎日が過ぎていくので、異動して、たった数週間ですが、半年(?)は言い過ぎですけど、1か月はとっくに過ぎたような感覚です」と、棚倉さんはめまぐるしさを語ります。

経験を持ち寄って。チームで

そんな大プロジェクトを進める課の体制とは。医師の課長を筆頭に、薬剤師、保健師、事務担当など全員が兼務だそうです。「課ができた日、自己紹介をする時間も惜しんで、それぞれの役割を確認して動き出した」という、どたばたエピソードも(笑)。

ワクチン対策課室内

しかし、“時間がない時こそ、膝を付き合わす時間の大切さ”も感じているそうです。「毎日、『今日はこの業務』『明日はこれ』と、することが変わっていきます。日中は、各自、それぞれの業務とか電話で追われているので、夜分、みんなで集まるんです。状況を確認し合うっていう意味もありますが、ざっくばらんに話すなかで『あ、そっか』と気づくこともあります。逆に全員で話し合っても『どうしようか・・』と答えが見つからなくて、後日、『こういうのはどうか』と解決することもあります。それぞれの経験で培ったものがあって、それを共有するのが大事なんだろうなと感じています。私は、入庁5年目ですけど、『みなさん、すごいな』と内心で思っています」。

棚倉さんが今、向き合っているものとは-。最後に、棚倉さんの心中を聞いてみました。「『ワクチンが救いになる』と、そう思っておられる方も多いので、ワクチンで全てがうまくいくというものでもないですが、平和というか、以前の日常に戻れるようにというか、『何かがよくなっていったらな…』と信じて、今、取り組んでいます」。

小1時間ほど棚倉さんとお話しましたが、棚倉さんは決して「誇大な」「カッコつけた」言葉を使う人ではありませんでした。そんな棚倉さんが、最後に選んだ“平和”という言葉には、失われた日常への強い願いが込められているのだと思います。
“もとからあるものなんて、何もない”。けれども、やり遂げなければいけないのは、このワクチン接種が、550万の尊い日常と命のかかった大きな大きなプロジェクトだからなのです。


 

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