2019/03/14
先日、「ポートタワー」を「神戸タワー」と紹介するサイトがあって愕然とした。
「神戸タワー」は今は取り壊されてもうないが、、大正時代から昭和40年代まで、新開地にあったコンクリート造りの塔で、当時は「モダン神戸」の象徴だった。
自分は1956年生れだが、我々の世代が、「東の浅草、西の新開地」を、実体験として知っている、最後の世代だと思う。
元町・三宮は、買い物に行く街、新開地は、映画を見たり芝居を見たり、うまいものを食べたり(人によっては「H」方面も)、と遊びに行く街、という棲み分けがあった。
50年前の新開地本通りは、ことに年末ともなれば、人でごった返して身動きもとれなかった…のを、想像できるかな?
「ポートタワー」に関するあるある
実はポートタワーに登ったことはない人が多い……いや、うん。シンボルとしてはええねんけど、高さが微妙やしね、うん……
神戸には二人の女王がいる。
塔の女王・ポートタワー
廃墟の女王・摩耶観光ホテル
かつて新開地にそびえたっていた「神戸タワー」を、覚えている人は、もうかなり少数派だ。
某サイトには、ポートタワーが「神戸タワー」と紹介されていたが、違うぞ。
神戸タワーがあった時代、神戸の中心は、間違いなく湊川・新開地だった。
故・淀川長治氏が、よくそのことを語っていた。
「三宮」に関するあるある
三宮からかかる時間、地下鉄終点(西神中央駅)から各停しかないので約30分、阪急梅田駅まで特急で約30分。ちなみに岡山から新幹線で新神戸まででも約30分
「三宮」なのか「三ノ宮」なのかで悩む
「神戸」に関するあるある
神戸市の市章は、「神戸」の頭文字、すなわち「カウベ」の「カ」の字を図案化したものだ。
ただいま、神戸のローマ字表記は「KOBE」だが、こちらも旧仮名遣いを採用して「KAWBE」の方が、かっこいいんじゃないか? と秘かに思っている。
野坂昭如・原作『火垂るの墓』、日本人の大半はアニメを見たことがある。
が、兵庫県以外の、ことに若い世代には、この物語が「神戸のお話し」とは、あまり知られていない。
以前、大阪の某学校でアンケートしたら、大半の学生が「大阪の話」と思い込んでいた。
舞台は「広島」と答えた人もいた。
鈴蘭台を含む北区山田町と、現在の東灘区は、元は同じ「武庫郡」だ。
なのに、東灘区が「神戸の代表」みたいな顔してるのに対して、山田町は「神戸のおまけ」的存在に甘んじている。
神戸市に編入されたのは、山田町の方がずっと早かったのに、実に不公平だと思う。