今のノエビアスタジアム神戸の前身は御崎の球戯場、その東側は自動車教習所(仮免前の度胸付け)でした、またその前身は競輪場やったと親から聞いてます
神戸阪急(以前のそごう)東側ポートライナーの真下付近にあった、ビッグ映劇 昭和46.7年ごろは500円で三本立てやったような、新聞会館のロードショーは高かったんで、ここでちょっと古い名画をよく見てました
神戸三田って神戸市と三田市のどちらにも跨がってないのにどうしても神戸三田?
竹田城址が有名になる前は、春には花見でバーベキュー、夏はテントを張ってキャンプと皆さん好き勝手して楽しんでおられました。 ちなみに本丸からパラグライダーで飛んだ強者もおりました。 今やったらエライ事になりますな。
姫路市民の自慢はもちろん姫路城があることだが、姫路城を見慣れているので他の城を観ても感動が薄れてしまうのが欠点だ(どや顔)。
色んな名前で呼ばれてますが我ら播州人のソウルに刻まれているのは「御座候」!遺伝子に組み込まれるほど幼少期からおじいちゃんおばあちゃんが買ってきて食べさせられる。いつの間にかあの粒あんが 恋しくてたまらない。
給食の時、給食係が「おあがりなさい」と号令かけて、全員で「いただきます」と言っていました。方言なんでしょうか?
大阪で就職して、「◯◯さんが◯◯しよったった〜」(していらっしゃったの意)と言ったら、先輩に「きみ!先輩や上司に対してしよったとは!そんな言葉遣いはだめ!」と叱られました。しよった…は、地元ではしようとしていたとかしている所だったとかの意味なのに。していやがったみたいに思われた。
姫路の人は姫路市内の自宅から姫路駅前に出かけるときも、「ひめじにいってくるわ」と言う。ちなみに姫路駅の南側は「えきうら」と言う。
灘のけんか祭り当日、屋台の担ぎ手がまわし姿のまま電車に乗ってくる。 ビックリするけど「あ、そうか祭りか」で納得してしまう(笑)
須磨水族館で慣れると、他所の水族館が小さく感じてしまう。半日〜1日おれるくらい見応えあった。
「○○しよる」というとき、自分は「○○しかけた」と言う意味で使うけど、父親は大阪出身なので、「○○した」という意味で捉えられてしまい、話が食い違うことがあります。 例えば「滑りよった」と言ったら父親は「滑った」と思うので、心配するみたいな感じです。あと、僕は‘うちのトコではがすき好きです。
北区の冬。夜、寝る前には水道を細く出しっぱなしにして、朝までそのまま、という習慣があった。 うっかり忘れると、翌朝、水道が凍り付いて「水が出ない」という事態に… 神戸の中でも、北区だけの習慣だったと思う。
私は姫路生まれで親は姫路と神戸のハーフなんですけど、よく踏みちゃんこ、とか噛みちゃんこって言います。叱るニュアンスです。冷静に考えたら「ちゃんこ」ってなに?なんのちゃんこ??って思うし、大阪の子と芦屋の子は知らないって言ってたので播州弁?神戸まで?の方言なんですかね?
神戸人はバターもマーガリンもバターって言う。他県に出てはじめてマーガリンはバターじゃないんや!って気づく。他県の人どころか兵庫の他地域の人にも信じてもらえへんけど、バターロールかてマーガリン使ってるやん!
八鹿町八鹿は「ようかちょうようか」と読むが八鹿町九鹿は「ようかちょうくろく」と読み、全く一貫性が無い
阪神電車沿線に住んでいる。 以前は、ほぼ「無縁」だったのだけど、ここ10年ほどで、近鉄電車がとても身近に感じられるようになった。 甲子園球場だけではなく、京セラドームもまた阪神電車沿線だと、ふと気がついた今日この頃。
六甲アイランドに徒歩で渡りたい! 阪神魚崎駅方面から徒歩で六甲アイランドに渡ろうとして、よく調べずに行ったら非常に分かりにくいのでハマってしまった。実は、六甲ライナーの南魚崎駅の改札の階より上に上がると六甲アイランドの連絡橋に続く通路に出られる。
今の子はクワガタ取りするのかな。 六甲山系にも ノコギリクワガタが多くいまして、 大きいのをスイギュウ 小さいのをガジワラ と呼んでました。
神戸出身です。昔、職場で但馬地域の子が「学校の先生が自分の生まれたあたりは標準語だと言った」と言うので「標準語ちゃうやん」と言ったところ「あはぁ、わしゃ、あれだわ、おめ、標準語だわ」と、見事に一つも標準語ではない言葉で返してくれたのでみんなで「ちゃうやん」とつっこんだことがある。
中学校の、合唱で、大地讃頌。 60代の私が中学の時、学校の音楽会の課題曲だったけど、今36歳の娘の課題曲もそうだったので びっくりしました。なぜか歌えるのも😃
兵庫出身以外の人が甲子園球場に行くとき、JR甲子園口駅と阪神甲子園駅を間違えがち
須磨水のエイは人懐っこくてかわいい
がんじき=落ち葉集める 熊手=潮干狩りの道具
社会人になって、何度言うたことか。
やはり30年くらい前、熊は、関西学院構内にも出現しました。 まだ子熊だったみたいで、関学構内には、「かわいいからといって近寄らないこと」との立札が立ったとか。 熊はその後、六甲山伝いに移動して、ゴルフ場のバンカーで砂浴びしたりしながら、北区を経て丹波方面へ去ったようです。
ツイッター見て思い出しました。 30年近く前ですが、所用で村岡町へ行った際、あちこちに「熊に注意」との立札があって、ちょっとビビりました。
兵庫県大好き!だけど実は他の国よりも大阪や京都の方が近い気がする。
神戸の浜側では、天井川の多い地域(御影~西宮)以外では、山・海どころか「足元の感覚(勾配)」だけで向いている方向が分かる。(山から海に向かって道が下っているため)方向音痴に優しい地域だと思う。 方向音痴のみんな、神戸へ来たれ!
1980年代にお世話になった神戸の社長さん。「ボク、三中やねん」と言うので、「三田中学ですか?」と問い返すと、「神戸三中や!」と、途端に不機嫌に。 旧・一中(神戸)、二中(兵庫)、三中(長田)には、今も「ナンバースクール」の矜持は、残ってるんでしょうか?
姫路出身と言うと田舎者呼ばわりする人の大半が姫路より田舎出身が多い。 姫路は関西で5番目に人口多い市町村やねんぞ!
今のノエビアスタジアム神戸の前身は御崎の球戯場、その東側は自動車教習所(仮免前の度胸付け)でした、またその前身は競輪場やったと親から聞いてます
神戸阪急(以前のそごう)東側ポートライナーの真下付近にあった、ビッグ映劇
昭和46.7年ごろは500円で三本立てやったような、新聞会館のロードショーは高かったんで、ここでちょっと古い名画をよく見てました
神戸三田って神戸市と三田市のどちらにも跨がってないのにどうしても神戸三田?
竹田城址が有名になる前は、春には花見でバーベキュー、夏はテントを張ってキャンプと皆さん好き勝手して楽しんでおられました。
ちなみに本丸からパラグライダーで飛んだ強者もおりました。
今やったらエライ事になりますな。
姫路市民の自慢はもちろん姫路城があることだが、姫路城を見慣れているので他の城を観ても感動が薄れてしまうのが欠点だ(どや顔)。
色んな名前で呼ばれてますが我ら播州人のソウルに刻まれているのは「御座候」!遺伝子に組み込まれるほど幼少期からおじいちゃんおばあちゃんが買ってきて食べさせられる。いつの間にかあの粒あんが
恋しくてたまらない。
給食の時、給食係が「おあがりなさい」と号令かけて、全員で「いただきます」と言っていました。方言なんでしょうか?
大阪で就職して、「◯◯さんが◯◯しよったった〜」(していらっしゃったの意)と言ったら、先輩に「きみ!先輩や上司に対してしよったとは!そんな言葉遣いはだめ!」と叱られました。しよった…は、地元ではしようとしていたとかしている所だったとかの意味なのに。していやがったみたいに思われた。
姫路の人は姫路市内の自宅から姫路駅前に出かけるときも、「ひめじにいってくるわ」と言う。ちなみに姫路駅の南側は「えきうら」と言う。
灘のけんか祭り当日、屋台の担ぎ手がまわし姿のまま電車に乗ってくる。
ビックリするけど「あ、そうか祭りか」で納得してしまう(笑)
須磨水族館で慣れると、他所の水族館が小さく感じてしまう。半日〜1日おれるくらい見応えあった。
「○○しよる」というとき、自分は「○○しかけた」と言う意味で使うけど、父親は大阪出身なので、「○○した」という意味で捉えられてしまい、話が食い違うことがあります。
例えば「滑りよった」と言ったら父親は「滑った」と思うので、心配するみたいな感じです。あと、僕は‘うちのトコではがすき好きです。
北区の冬。夜、寝る前には水道を細く出しっぱなしにして、朝までそのまま、という習慣があった。
うっかり忘れると、翌朝、水道が凍り付いて「水が出ない」という事態に…
神戸の中でも、北区だけの習慣だったと思う。
私は姫路生まれで親は姫路と神戸のハーフなんですけど、よく踏みちゃんこ、とか噛みちゃんこって言います。叱るニュアンスです。冷静に考えたら「ちゃんこ」ってなに?なんのちゃんこ??って思うし、大阪の子と芦屋の子は知らないって言ってたので播州弁?神戸まで?の方言なんですかね?
神戸人はバターもマーガリンもバターって言う。他県に出てはじめてマーガリンはバターじゃないんや!って気づく。他県の人どころか兵庫の他地域の人にも信じてもらえへんけど、バターロールかてマーガリン使ってるやん!
八鹿町八鹿は「ようかちょうようか」と読むが八鹿町九鹿は「ようかちょうくろく」と読み、全く一貫性が無い
阪神電車沿線に住んでいる。
以前は、ほぼ「無縁」だったのだけど、ここ10年ほどで、近鉄電車がとても身近に感じられるようになった。
甲子園球場だけではなく、京セラドームもまた阪神電車沿線だと、ふと気がついた今日この頃。
六甲アイランドに徒歩で渡りたい!
阪神魚崎駅方面から徒歩で六甲アイランドに渡ろうとして、よく調べずに行ったら非常に分かりにくいのでハマってしまった。実は、六甲ライナーの南魚崎駅の改札の階より上に上がると六甲アイランドの連絡橋に続く通路に出られる。
今の子はクワガタ取りするのかな。
六甲山系にも
ノコギリクワガタが多くいまして、
大きいのをスイギュウ
小さいのをガジワラ
と呼んでました。
神戸出身です。昔、職場で但馬地域の子が「学校の先生が自分の生まれたあたりは標準語だと言った」と言うので「標準語ちゃうやん」と言ったところ「あはぁ、わしゃ、あれだわ、おめ、標準語だわ」と、見事に一つも標準語ではない言葉で返してくれたのでみんなで「ちゃうやん」とつっこんだことがある。
中学校の、合唱で、大地讃頌。
60代の私が中学の時、学校の音楽会の課題曲だったけど、今36歳の娘の課題曲もそうだったので
びっくりしました。なぜか歌えるのも😃
兵庫出身以外の人が甲子園球場に行くとき、JR甲子園口駅と阪神甲子園駅を間違えがち
須磨水のエイは人懐っこくてかわいい
がんじき=落ち葉集める
熊手=潮干狩りの道具
社会人になって、何度言うたことか。
やはり30年くらい前、熊は、関西学院構内にも出現しました。
まだ子熊だったみたいで、関学構内には、「かわいいからといって近寄らないこと」との立札が立ったとか。
熊はその後、六甲山伝いに移動して、ゴルフ場のバンカーで砂浴びしたりしながら、北区を経て丹波方面へ去ったようです。
ツイッター見て思い出しました。
30年近く前ですが、所用で村岡町へ行った際、あちこちに「熊に注意」との立札があって、ちょっとビビりました。
兵庫県大好き!だけど実は他の国よりも大阪や京都の方が近い気がする。
神戸の浜側では、天井川の多い地域(御影~西宮)以外では、山・海どころか「足元の感覚(勾配)」だけで向いている方向が分かる。(山から海に向かって道が下っているため)方向音痴に優しい地域だと思う。
方向音痴のみんな、神戸へ来たれ!
1980年代にお世話になった神戸の社長さん。「ボク、三中やねん」と言うので、「三田中学ですか?」と問い返すと、「神戸三中や!」と、途端に不機嫌に。
旧・一中(神戸)、二中(兵庫)、三中(長田)には、今も「ナンバースクール」の矜持は、残ってるんでしょうか?
姫路出身と言うと田舎者呼ばわりする人の大半が姫路より田舎出身が多い。
姫路は関西で5番目に人口多い市町村やねんぞ!