Vol.03【播磨物語】-三重-

それでも謎は解けない。

 

君の名は、ぼくの名前と、すこし似ている。
ぼくは、きみを探す。君に会いに旅をする。
君との物語を紡ぐために。
君ノ名ハ、僕の名前と似ているネ。」より

兵庫の五国と同じ名前の駅をポスタージャックし、兵庫県広報官の湯川カナがその町を訪ねる「君ノ名ハ」プロジェクト。
第3弾は、三重県桑名市にある播磨駅です。
町名ですらないのに、「播磨」は駅名をはじめ、いたるところの名称に冠されていました。
4,000字を超える湯川渾身の聞き込みレポートをどうぞ。

「西日本の東の端」に向かう。


桑名市に「播磨」という駅がある、という情報が届いた。
……桑名? 三重県の?


一説に、「西日本のビーフカレー/東日本のポークカレー」の境目だという、あの三重県桑名市?
一説に、「京阪式アクセント/東京式アクセント」の境目だという、あの三重県桑名市?


かつて、東海道がゆいいつ海路になる「七里の渡し」があったという、三重県桑名市。
海を隔てて西日本/東日本が分かれる西っ側。ということは、「西日本の東の端」と言っても良いのかもしれない。


私と兵庫県職員Nさんは、そんな西日本の東端にあるという「播磨」を目指して、一気に新幹線に……なんて乗りません。まじめに、在来線を乗り継いでまいります。

 

兵庫・大阪・京都・滋賀・岐阜 。昭和40年代製の電車に揺られ、ようやく三重県へ。


朝9時過ぎ、三宮駅から乗り込んだのは、JRの新快速。
兵庫県・大阪府・京都府を通過し、約2時間後に滋賀県の米原駅着。5分だけの乗り継ぎ時間を走って走って、次の電車に飛び乗る。ここからは、JRの東海道線。


米原始発、東へ向かう各停は、すでに満員。しばらく進んだところで、フッと光景がひらけたので車窓を見やると、あら、あの有名な、関ケ原。一説に某カップうどん「東日本仕様/西日本仕様」の分岐点になっているという、「実は今日でも天下分け目」なポイントを通過すると、やがて終点の大垣。ここは岐阜県。


JR大垣駅でいったん外に出て、こぢんまりとした佇まいの養老鉄道大垣駅へ。食券販売機のようなマシンで切符を買い、駅員さんに見せて電車……汽車? へ乗り込む。ガタンゴトン、ガタンゴトン。どこか懐かしい、規則正しい音をたてながら、単線を走る汽車はいくつもの無人駅を通過していく。

 

 


と、対向列車との待ち合わせで駅に停まった短い間に、男の子ふたりがキラキラした顔で列車から飛び降り、ホームでパシャパシャと何枚か車両の写真を撮って、また飛び乗ってきた。噂の「撮り鉄」?

 

3月って、いろんな車両が引退するんです。もう日本で走るのが最後っていうのも多いから、今日は朝早くに家を出てきて。僕が中3、で、こっちの弟が中1。車両って台車の上に載ってるんですけど、養老鉄道は線路の幅が短いから、近鉄の車両しか合わなくて、実は近鉄の古いのが現役で走ってるんですよ。いま僕たちが乗ってるこれは、昭和40年代のやつ。すごいと思いませんか?

中学3年・兄


弟くんも身体を乗り出して、写真を見せてくれる。

 

いいでしょ??? これとか。これも。うん。古いのがやっぱり、なんていうか、『しっくり』くるんですよね。このガタンゴトン、って音も、懐かしくないですか? レールの継ぎ目のときの音なんですよ、昔のレールで。夏に膨張していいように短めにつくってあって。良くないですか? なんか、胎児が聴いてる母親の鼓動と似てるらしくって。

中学1年・弟

 


兄弟による日本鉄道の基礎知識(画像つき)特別講座が1時間を過ぎたところで、いよいよ終点のひとつ前、目的「播磨」駅へ向かって列車が減速しはじめた。三宮を出発してから、約4時間。
私たちこそまるで鉄道マニアのように、在来線で兵庫・大阪・京都・滋賀・岐阜を経て、いまは三重県。扉が開き、さすがに多少疲れて降り立つと、そこにたしかに「播磨駅」がありました。お! 見事に、ポスタージャックも成功!!

 

 

ホームは、あえなく無人になった。


さて、勝負はここからだ。どうして君は、同じ名前なの??


ホームに降りた瞬間、ポスターを眺めている中年の女性を発見。「あの! 私たち兵庫県から来たのですが、どうしてここも播磨って言うんでしょう?」「あ、兵庫にも播磨ってあるんですね……って思いながら見てたんです、今。あの、私、ここの者じゃないから、よくわからなくて。すみません」


次、ベンチに座っていた若い女性へ。「あの! ここにお住まいの方ですか?」「はい、そうですけど」「兵庫にも播磨ってあるんですが……」「ですよね」「えっ、ご存知でした?」「実は、小学生まで宝塚に住んでたんです。でも、ここの播磨の由来まではちょっと」


話していたら、次のホームに列車が来た……逆方向から。あ、単線ってそういうことか! そしてホームは、あえなく無人になった。

 

 

商人が豪勢に遊んでいたという桑名の町。「​桑名の殿様、しぐれで茶々漬〜♪」


お昼時はとっくにまわっている。駅を出てしばらく進むと、「はりま四丁目のたこ焼」という看板が目に留まった。のぼりに大きく、「桑名名物しぐれのタコ茶漬け」とある。小柄な女性が、小気味よくタコ焼きを焼いている。それ、ください。Nさんもこれ? じゃ、ふたつ!

 

 

はーい。ちょっと待ってもらっていいですか? 今から焼きますから。

そう、兵庫からですか!? それはそれは遠くからお疲れ様です。そうね、この場所でもう長いことやってるけど、私はもともとここの人間じゃないから、播磨の名前まではちょっとわからないなあ。ごめんなさいね。

そこのクリーニング屋さんと、あとね、川沿いの不二家さんが、昔からここのひとだから、聞いてみたら何かわかるかもしれませんよ。

はりま四丁目のたこ焼 伊藤さん

 

 


伊藤さんが、長い串で、くるくるとたこ焼きをまわしながら話してくれる。ここ桑名といえば、名物はハマグリ。「しぐれのタコ茶漬け」とは、その高級なしぐれ煮を、だしを注いだお椀に入れ、じんわり醤油と貝のうまみが出てくるところに、素焼きのたこ焼きを浸してハフハフ食べるものだという。

 

桑名はね、お大尽、つまり商人が豪勢に遊んでいたという有名な話があって、歌にもなってるんですよ。「桑名の殿様、しぐれで茶々漬~♪」って。宴会の〆に、高級なハマグリのしぐれ煮をそうやって食べたんだそうです。

この「たこ焼きの茶漬け」は、うちのオリジナルね。うん、そうです、私が考えたの。え、明石焼? それはもちろん知ってますけど……参考に、ということはないかなあ。ごめんなさいね。あらそう、明石というところも、播磨なの。あら、いい話になったらよかったのにね。(笑)

はい、お待たせしました!

はりま四丁目のたこ焼 伊藤さん

 


ハフハフ。あ、これは美味しい~♪♪ お母様から二代にわたってこの地で愛される「はりま四丁目のたこ焼」を切り盛りする伊藤さん、快くポスターまで貼ってくださいました。
そして、なぜここが「播磨」という地名なのか? わかったのは、「明石焼」と「しぐれ茶漬け」は無関係であること。

 

 

橋、変電所、クリーニング店。「播磨」の文字が否応なく目に入る。


私たちは地名の謎を探すため、伊藤さんおすすめの不二家さんへと向かうことにした。いったん駅方面に戻ると、川にかかるは「播磨橋」。

 


ねえハリマ、どうしてあなたは播磨なの? しかし橋は答えてはくれない。川沿いに不二家さんを尋ねあてるも、地域でいちばん詳しいはずのオーナーがこの日だけ不在で、播磨の謎は解けず。

 


こういうときは神社だ。歴史の宝庫! 再度、川沿いを播磨橋まで戻り、たこ焼やさんの隣を抜けてしばし歩き、神明神社へ。境内に導く長い階段を、祈りのような期待を込めて登る。その先の社務所は……無人。それでも、何かヒントがないかと、Nさんと境内をうろうろ。


ふと、氏子さんの名前に「丹羽」「水谷」という珍しい名前が多いことに気づいた。丹羽といえば、秀吉が名字として一字をもらったという、丹羽長秀。本拠地の名古屋は、すぐ近く。どうなの? 播磨を平定して智将・黒田官兵衛を得て姫路城主にもなった羽柴秀吉と、桑名藩播磨が、丹羽長秀を通じてつながってたりしないの???

 


しかし、神社からは、そんな裏付けは出てこなかった。しおしおと駅まで帰る道すがら、「播磨」の文字が否応なく目に入る。

 


変電所だって播磨。

 


クリーニングだって「はりま」。……あ、古くからお住まいだというお店! 立ち寄ると、ちょうど、まさに服を出していた男性が「丹羽さん」というお名前だった。


丹羽さん、ひょっとしてあなたは、丹羽長秀のご一族で、それで兵庫県の播磨に何かつながりがあったりとか……「ええ? それは考えたこともないですね(笑) とくに言い伝えなんかもないですよ。あったらおもしろいですけどねー」 はい。

 

「播磨町というのは、いまはありません。播磨の中心といえば、あそこの播磨神社……あ、神明神社?」

 


帰りの電車の時間が近づく。でも、手がかりがないまま帰るのは嫌だ(片道4時間かけてきたのに)。またまた播磨橋まで戻り、川沿いの道を、今度は「桑名播磨郵便局」へ。「あの、兵庫県の者なんですけども……」「え?」 訝りながらも、郵便局長さんが出てきてくださった。お名前は、水谷さん。あ! 名字が多かった水谷さん!

 

 

え、県の広報課? 兵庫県の? はい、お話させていただくのは構いませんけど、播磨の生まれではないのでお役に立てるかどうか……。
この郵便局の住所は、桑名市北別所ですね。播磨町というのは、いまはありません。播磨の中心といえば、あそこの播磨神社……あ、神明神社?といいましたか、それです、私ら小学生の頃から播磨神社と言ってたんで、そこも住所は北別所になります。

あと、そうですなあ、詳しいといえば、お隣のスーパーは行かれました? よかったら立ち寄ってみてください、郵便局の水谷から聞いたと言ってもらえたら。え、ポスター。喜んで。あのあたりにバーンと。あ、写真もですか? 待ってくださいね。ちょっとちゃんとしてきます。(笑)

桑名播磨郵便局 局長 水谷さん

 

 

「兵庫県に播磨という地名があることは知ってますよそれは……社会かなんかで習ったのかな?」

 


「局長、ちゃんとしても変わりませんよ~」などと和やかな言葉が飛び交う温かな郵便局を出て、お隣の「FAMILIY FOOD SHOP ハリマヤ」さんへ。「こんにちは、お隣の水谷郵便局長からお聞きしまして……」「はい、聞いてますよ」「初めまして、兵庫県広報官の湯川と申します」「水谷です」 わ、また水谷さん!

 

 

ここは親父が戦争から帰ってきた翌年に始めたから、昭和21年。その当時から「播磨」と言ってましたね。兵庫県に播磨という地名があることは知ってますよそれは……社会かなんかで習ったのかな? ポスター、うん、貼りますよ。どこがいいかな?

一緒の名前というのは、おもしろいね。もちろん、嫌ということはないですよ。でもポスター見たひとに、「なんで兵庫県の?」って言われたら、説明しにくいなぁ。何かわかったら、連絡くださいね

FAMILIY FOOD SHOP ハリマヤ 水谷さん

 

 

ああハリマ、あなたはどうしてハリマなの?


ここで、タイムアップ。…4時間&足かけ6府県をかけてやってきた、”西日本の東端”三重県桑名市「播磨」では、なぜ地名が播磨なのか、謎が解けなかった。ただ、町名ですらない「播磨」は、タコ焼き・クリーニング・不二家・郵便局・変電所と、さまざまな名称に冠され、神社にいたっては、長年の住人にその正式名称すら思い出させなくする愛されようだった。


スーパー「ハリマヤ」の向かいにあるバス停でひとしきり肩を落とした私と県職員Nさんは、力なく、何度目かの川沿いの道を、今度は播磨橋を越えて、播磨駅に向かうのでした。ああハリマ、あなたはどうしてハリマなの?

 

 


<追記>

後日、丹羽長秀の系譜を調べてみたところ、この一族は越前や福島への転封など波乱万丈な歴史を経て、なんと廃藩置県のタイミングでは播磨国三草一万石にて藩主をつとめていたそうです。果たして、これは何かのヒントなのか、それともトンデモなのか……。

 


■ご協力いただいたみなさま

▶︎はりま四丁目のたこ焼
三重県桑名市北別所1595-3
 
▶︎クリーニング はりま
三重県桑名市東汰上1202-1
 
▶︎桑名播磨郵便局
三重県桑名市北別所流1579-2
 
▶︎FAMILIY FOOD SHOP ハリマヤ
三重県桑名市北別所1580


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