Vol.01【丹波(橋)物語】-京都-

秀吉の居城にいざなわれる。

君の名は、ぼくの名前と、すこし似ている。
ぼくは、きみを探す。君に会いに旅をする。
君との物語を紡ぐために。
君ノ名ハ、僕の名前と似ているネ。」より

兵庫の五国と同じ名前の駅をポスタージャックする「君ノ名ハ」プロジェクト。
第1弾は京都の丹波橋駅。
丹波と丹波橋のあいだに物語はあるのか?
兵庫県広報官の湯川カナが駅に降り立ち、町のひとに伺いました。

「丹波です」のポスターの前を、多くの乗降客が素通りしていく。


京都市伏見区。といえば、外国人に人気No.1の観光地「伏見稲荷神社」がある場所。
京阪本線急行。京都から乗ると伏見稲荷のひとつ先、大阪からはひとつ手前で、「丹波橋」に停車する。
同名の、近鉄京都線の駅とも直結している。

 


私と兵庫県職員Nさんは、兵庫県から東へ向かい、大阪府に入った。そして京阪電車で北東へ進み、京都府に入ると、しばらくして「丹波橋」駅に到着する。
車両から下りた目の前。エスカレーターを登り改札を出て、近鉄丹波橋駅とを結ぶ連絡通路。さらには近鉄駅構内。あらゆる「丹波橋」に、4枚並んで「丹波(兵庫五国連邦)」のポスターが貼られている。

 


違和感は、思いの外、ない。多くの乗降客が、素通りしていく。
あら?......ひとり、熱心にポスターの写真を撮っていた女性は、「埼玉から来たんですが、この作者さんのファンなんです」ということだった。あらあら?

 


U5H兵庫五国連邦、県外 同じ名 ジャックの第一弾。見事なまでの、手応えのなさ…。

 

400年前、伏見城の外堀にかかっていた橋。丹波から京へ、京から丹波へと、ヒトやモノが行き交っていた。


すっかり意気消沈した私たちは、駅前の昭和感がシックな喫茶店「珈琲館リーブル」に入った。

 


店の隅に、開店した40年前からあるという煙草の自動販売機が、とても綺麗な状態で飾られている。
マスター、ではなくて支配人の東さんが、この土地の歴史を教えてくださった。

 

 

このまちをつくったのは、豊臣秀吉。伏見城を築城したとき、ね。
昔の人が、伏見城から丹波に行ったんじゃないのかな、ここから北に上がる道が「丹波街道」。
そのときの伏見城の外堀が、いまの琵琶湖疎水ね。そこと丹波街道が交わる場所が、丹波橋。ここから5分くらい、スーパーマンダイのところだけど…橋、しょぼいよ?(笑)

もっと詳しい話、区役所行けば教えてくれるんだけどね。ああ、こないだタモリも来て言ってたよ、「道ごとに段差ができてるのは伏見城の…」って。
そう、このあたり、「桃山羽柴長吉西町」とか「桃山井伊掃部東町」とかの地名は昔、大名屋敷だった名残り。

丹波、ねぇ。
丹波といえば、亀岡とか福知山とか、京都も丹波だからね。
明治になって、京都と兵庫に分かれたけど、もともとずっとひとつの国だったから。そう? 兵庫から来られたの。ふふふ。

丹波(橋)、東さんの物語

 


もちろん、我々は、橋に向かった。
……しょぼい、ということはなかった、よ。

 


丹波橋はたしかに、丹波とつながっていた。
その先は、築城したて、桃山にそびえる伏見城につながっていた。
もちろんその道を、秀吉も見下ろしていただろう。
 
その道を、400年前、丹波から京へ、京から丹波へと、ヒトやモノが行き交っていた――。

 


なんだ、違和感なくて当たり前だ。ここは、昔から、そしていまも、深くつながっている場所だったのだ。橋の名前に、その名残を残して。

 

 


<追伸>
後日、なんと、東さんからお電話をいただきました。
なんでも、伏見城の外堀にかかる橋のたもとに、桑山丹波守のお屋敷があったのが、橋の名前の由来らしいということ。
わざわざ、詳しい方にお問い合わせいただいたそうです。

ありがとうございますー!!!


■ご協力いただいたみなさま

珈琲館リーブル
京都府京都市伏見区両替町9-254
東定司さん


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