尼崎市は、「アマ」という通称で呼ばれることが多い。 兵庫県はおろか、近畿、あるいは日本中を見渡しても、日常的に省略形の通称で呼ばれる都市は、ない。 横浜市も「ハマ」と呼ばれることはあるが、「アマ」ほど日常的ではなく、「ハマの○○」といった形容詞的な使用に限定される。
電車は東西に走るものだと思っている
美方郡新温泉町…他県民には、なぜ「新」なのか、何に対しての「新」なのかが、よくわからない。 ちなみに兵庫県は、昭和40~50年代には、日本の都道府県の中で唯一、「村」のない県なのでした。
神戸にも「明石焼き」を名乗る店が増えてきました。 「明石焼き」との看板を見るたび、「ちゃうやろ!」と、心の中で舌打ちをしています。 自分の中では、あれが“本物”の「たこ焼き」で、卵の入ってない、ソースがかかって青のりと鰹節をまぶした奴は「大阪焼き」です。
白い大きめの鳥を見つけたら、まずはコウノトリかどうか確かめる
明石と神戸市西区、垂水区辺りでは「玉子焼き」が一般的で、これを神戸では「たこ焼き」と呼んでいました。今も老舗ではそう呼びます。 「明石焼き」は、1970年代から80年代にかけて大阪で生まれた呼称で、明石では絶対に使われない呼称だったのに、今やその明石にも「明石焼き」との看板が…
街を歩けば必ず坂道があり、いつも山を眺めている神戸人が、初めて経験する播州平野の「どこまでも、まったいら」には、驚愕しかありません。 車で神戸の西区から西に向かうといきなりに、まったいらな田園地帯の真ん中を直線で地平線まで貫く道に出て、「北海道かよ!」と思わず声が出た。
旧・三田町は、旧・有馬郡の中心都市で、一時は郡役所も置かれていたそうです。 「三田=有馬」の時代が、確かにあったのですね。 有馬郡は、その後町村ごとに合併を繰り返し、1958年、“最後の有馬郡”だった三田町が市制に移行して消滅、現在は三田市、神戸市、西宮市となってます。
秋の味覚は栗・黒豆・松茸。山田錦が獲れる。言葉は播磨寄りで「べっちょない」し、「た」が濁りがち。神戸(北神)、三木(吉川)、丹波篠山(今田)と生活圏を共有。野球は西兵庫。地域区分は神戸・阪神。摂丹播の魅力を全部味わえるのが三田。こんなところがあっても良い。
同じ神戸市内ですが、西区と北区は別の国です。 北区で雪が積もっていた(10センチほどでしたっけ)ので、タイヤにチェーンを巻いて出ました。 区境を終えて西区に入ると、積雪は「ぴたっ」と無くなり、慌ててチェーンを外しました。
明石焼のことをたこ焼きと言っていた時が私にもありました。
神戸の不動産屋さんで聞いた話。 「神戸に住みたい」と、大阪から部屋を探しに来た新婚夫婦。 夫婦の希望が「阪急沿線の山手」とのことで、何軒か物件を案内するも、ことごとく「坂がある」との理由で却下。 6軒目を却下されたところで、遂に「あんたらに、神戸は無理です」とキレたそうです。
神戸市北区道場町生野高原…れっきとした神戸市内だが、神戸市内からここへ至る道はなく、西宮からしかアクセスできない。 市外局番も「078」ではなく「0797」だ。 小学校も中学校も、西宮市立の学校の校区となっている。 境界は繋がっているのだが、アクセス的には完全な「飛び地」だ。
丹波市出身で京都に引っ越して気づいたけど、割と京言葉混じってる。
同じ神戸市のはずなのに、西区と北区は冬の寒さが違う気がする。
神戸市外・兵庫県外の人に「『しあわせの村』はいいとこだよ。いっぱい遊べるし自然も多いし」と説明すると、「……怪しげな団体の村じゃないん?」と怪しまれた。
兵庫五国と言われているが、少し昔に岡山から福浦や石井をもらったので兵庫にも備前国と美作国がある。つまり兵庫七国!?
僕が通っていた有馬高校は、話の流れの中で出身高校聞かれて名前を出すと毎回と言っていいほど、「有馬ってことは有馬温泉の近くの高校なん!」って言われるが、高校自体は三田市にあり、10㎞位離れているので、そんなに近くない。まぁ、言っても近いのかな?っていつも感じる。
三田出身と言うと、「アウトレットあるやんいいなぁ」と言われるが、あれは、神戸市北区にあって、名前が神戸三田とついているだけで、三田には無いんよなって思う。でも、そのおかげで、三田の名前出しても「どこそれ」ってなりにくく、会話が弾むので、意外と有難かったりする。
佐藤愛子「血脈」によると、その父・佐藤紅緑は、当初甲子園駅の南側、球場のすぐそばに居を構えていたのだけど、中等学校野球が始まると球場の喧騒があまりにうるさい、と甲子園二番町へ引っ越したんだそうだ。 そこから現在の甲南女子へ通う佐藤藍子は、“通学電車のマドンナ”だったそうです。
神戸市北区は他の区と比較されて、よく馬鹿にされるが、観光地の数は神戸市随一。 有馬温泉やフルーツフラワーパーク、神戸三田プレミアム・アウトレット、イオンモール神戸北、しあわせの村、神出山田サイクリングロード、箱木家住宅などがある。 北区民はこういった兵器を持っている。
神戸に住んでいたころには、「菊正宗」「白鶴」「沢の鶴」を、主に飲んでいた。 西宮に越してからは「大関」「白鹿」「日本盛」を飲む機会が増えた。 伊丹に越したら、「白雪」に、なるんだろうか? 「剣菱」もまた、元は伊丹のお酒だそうです。
丹波市在住の友人宅へ遊びに行くと、いつも丹波の銘酒「小鼓」を用意してくれている。 灘五郷と伊丹の酒は全国区だが、兵庫五国には、この小鼓をはじめ、但馬の「香住鶴」、播磨の「龍力」「神鷹」、淡路の「都美人」等々、各国それぞれを代表する銘酒のブランドがある。
先日のNHK「歴史探偵」、有名な「鵯越逆落とし」の場所は「兵庫区」との説を取っていました。 しかも、北区の藍那から兵庫区鵯越に抜け、福原の平家本陣の背後を突いたのは、義経ではなく地元の武将・多田行綱軍だった、との説。 義経は、通説通り須磨の一の谷を襲った、との解釈。新説?真説?
西区に住んでいた頃、近所の人から一升瓶の醤油を貰った。 これがとても美味しかったので、ラベルの住所を頼りにメーカーまで直接買いに行った。 鍛冶屋線の西脇駅から駅前通りをまっすぐ歩いて橋を渡ったところ、古い蔵造りの醸造所だった。 あの醤油、とても美味しかったが、今もあるのかな?
雑誌などで「神戸・阪神間の美味しいパン屋さん」特集というのを、よく目にしますが、そこに紹介される「パン」のほとんどが、甘い菓子パンなのはなぜでしょう。 バゲットやブール等々、シンプルな「お食事パン」が美味しいのが、いいパン屋さんと昔から教わってきて、今もそう思ってます。
「神戸市兵庫区~」という自分の住所を認識したのは、小学校1年くらいだった。 が、その上に「兵庫県」と付く、のがわかったのは3年生のころ。 兵庫区は神戸市の中にあるのに、同じ名前の県は、なんで神戸市より大きいんだ? と、長いこと違和感が拭えず、今も若干の違和感がある。
大屋町の山の中腹に聳え立ち、樹齢千年を超える「樽見の大桜」。国の天然記念物で国内最大のエドヒガン桜、仙桜とも呼ばれている。高さは何と14m、幹周り6m。一時は枯れかけて心配されたけど、樹木医の治療や地元住民の保護活動のおかげで毎年見事な花を咲かせている。でもなんで二つの名前が?
今は、旅番組などの影響で、有馬温泉が「神戸にある」というのは、関東でもよく知られているようですね。 でも、70年代に東京で学生だった時、TVでコマーシャルも流れていたから「有馬温泉」自体は有名だったけど、それが「神戸市内だ」というと「ウソ!?」と反応されることが多かったです。
毎年二月に、神戸市少年団主催の「耐寒登山」がありました。我が校は人数が少なかったので、5年生以上は全員参加。 旧市街の小学生は表側から、我々北神地区は裏の鈴蘭台側から再度山へ登って、 修法ヶ原に集合。 ある年は大雪だったが、それでも決行されたのでした。
尼崎市は、「アマ」という通称で呼ばれることが多い。
兵庫県はおろか、近畿、あるいは日本中を見渡しても、日常的に省略形の通称で呼ばれる都市は、ない。
横浜市も「ハマ」と呼ばれることはあるが、「アマ」ほど日常的ではなく、「ハマの○○」といった形容詞的な使用に限定される。
電車は東西に走るものだと思っている
美方郡新温泉町…他県民には、なぜ「新」なのか、何に対しての「新」なのかが、よくわからない。
ちなみに兵庫県は、昭和40~50年代には、日本の都道府県の中で唯一、「村」のない県なのでした。
神戸にも「明石焼き」を名乗る店が増えてきました。
「明石焼き」との看板を見るたび、「ちゃうやろ!」と、心の中で舌打ちをしています。
自分の中では、あれが“本物”の「たこ焼き」で、卵の入ってない、ソースがかかって青のりと鰹節をまぶした奴は「大阪焼き」です。
白い大きめの鳥を見つけたら、まずはコウノトリかどうか確かめる
明石と神戸市西区、垂水区辺りでは「玉子焼き」が一般的で、これを神戸では「たこ焼き」と呼んでいました。今も老舗ではそう呼びます。
「明石焼き」は、1970年代から80年代にかけて大阪で生まれた呼称で、明石では絶対に使われない呼称だったのに、今やその明石にも「明石焼き」との看板が…
街を歩けば必ず坂道があり、いつも山を眺めている神戸人が、初めて経験する播州平野の「どこまでも、まったいら」には、驚愕しかありません。
車で神戸の西区から西に向かうといきなりに、まったいらな田園地帯の真ん中を直線で地平線まで貫く道に出て、「北海道かよ!」と思わず声が出た。
旧・三田町は、旧・有馬郡の中心都市で、一時は郡役所も置かれていたそうです。
「三田=有馬」の時代が、確かにあったのですね。
有馬郡は、その後町村ごとに合併を繰り返し、1958年、“最後の有馬郡”だった三田町が市制に移行して消滅、現在は三田市、神戸市、西宮市となってます。
秋の味覚は栗・黒豆・松茸。山田錦が獲れる。言葉は播磨寄りで「べっちょない」し、「た」が濁りがち。神戸(北神)、三木(吉川)、丹波篠山(今田)と生活圏を共有。野球は西兵庫。地域区分は神戸・阪神。摂丹播の魅力を全部味わえるのが三田。こんなところがあっても良い。
同じ神戸市内ですが、西区と北区は別の国です。
北区で雪が積もっていた(10センチほどでしたっけ)ので、タイヤにチェーンを巻いて出ました。
区境を終えて西区に入ると、積雪は「ぴたっ」と無くなり、慌ててチェーンを外しました。
明石焼のことをたこ焼きと言っていた時が私にもありました。
神戸の不動産屋さんで聞いた話。
「神戸に住みたい」と、大阪から部屋を探しに来た新婚夫婦。
夫婦の希望が「阪急沿線の山手」とのことで、何軒か物件を案内するも、ことごとく「坂がある」との理由で却下。
6軒目を却下されたところで、遂に「あんたらに、神戸は無理です」とキレたそうです。
神戸市北区道場町生野高原…れっきとした神戸市内だが、神戸市内からここへ至る道はなく、西宮からしかアクセスできない。
市外局番も「078」ではなく「0797」だ。
小学校も中学校も、西宮市立の学校の校区となっている。
境界は繋がっているのだが、アクセス的には完全な「飛び地」だ。
丹波市出身で京都に引っ越して気づいたけど、割と京言葉混じってる。
同じ神戸市のはずなのに、西区と北区は冬の寒さが違う気がする。
神戸市外・兵庫県外の人に「『しあわせの村』はいいとこだよ。いっぱい遊べるし自然も多いし」と説明すると、「……怪しげな団体の村じゃないん?」と怪しまれた。
兵庫五国と言われているが、少し昔に岡山から福浦や石井をもらったので兵庫にも備前国と美作国がある。つまり兵庫七国!?
僕が通っていた有馬高校は、話の流れの中で出身高校聞かれて名前を出すと毎回と言っていいほど、「有馬ってことは有馬温泉の近くの高校なん!」って言われるが、高校自体は三田市にあり、10㎞位離れているので、そんなに近くない。まぁ、言っても近いのかな?っていつも感じる。
三田出身と言うと、「アウトレットあるやんいいなぁ」と言われるが、あれは、神戸市北区にあって、名前が神戸三田とついているだけで、三田には無いんよなって思う。でも、そのおかげで、三田の名前出しても「どこそれ」ってなりにくく、会話が弾むので、意外と有難かったりする。
佐藤愛子「血脈」によると、その父・佐藤紅緑は、当初甲子園駅の南側、球場のすぐそばに居を構えていたのだけど、中等学校野球が始まると球場の喧騒があまりにうるさい、と甲子園二番町へ引っ越したんだそうだ。
そこから現在の甲南女子へ通う佐藤藍子は、“通学電車のマドンナ”だったそうです。
神戸市北区は他の区と比較されて、よく馬鹿にされるが、観光地の数は神戸市随一。
有馬温泉やフルーツフラワーパーク、神戸三田プレミアム・アウトレット、イオンモール神戸北、しあわせの村、神出山田サイクリングロード、箱木家住宅などがある。
北区民はこういった兵器を持っている。
神戸に住んでいたころには、「菊正宗」「白鶴」「沢の鶴」を、主に飲んでいた。
西宮に越してからは「大関」「白鹿」「日本盛」を飲む機会が増えた。
伊丹に越したら、「白雪」に、なるんだろうか?
「剣菱」もまた、元は伊丹のお酒だそうです。
丹波市在住の友人宅へ遊びに行くと、いつも丹波の銘酒「小鼓」を用意してくれている。
灘五郷と伊丹の酒は全国区だが、兵庫五国には、この小鼓をはじめ、但馬の「香住鶴」、播磨の「龍力」「神鷹」、淡路の「都美人」等々、各国それぞれを代表する銘酒のブランドがある。
先日のNHK「歴史探偵」、有名な「鵯越逆落とし」の場所は「兵庫区」との説を取っていました。
しかも、北区の藍那から兵庫区鵯越に抜け、福原の平家本陣の背後を突いたのは、義経ではなく地元の武将・多田行綱軍だった、との説。
義経は、通説通り須磨の一の谷を襲った、との解釈。新説?真説?
西区に住んでいた頃、近所の人から一升瓶の醤油を貰った。
これがとても美味しかったので、ラベルの住所を頼りにメーカーまで直接買いに行った。
鍛冶屋線の西脇駅から駅前通りをまっすぐ歩いて橋を渡ったところ、古い蔵造りの醸造所だった。
あの醤油、とても美味しかったが、今もあるのかな?
雑誌などで「神戸・阪神間の美味しいパン屋さん」特集というのを、よく目にしますが、そこに紹介される「パン」のほとんどが、甘い菓子パンなのはなぜでしょう。
バゲットやブール等々、シンプルな「お食事パン」が美味しいのが、いいパン屋さんと昔から教わってきて、今もそう思ってます。
「神戸市兵庫区~」という自分の住所を認識したのは、小学校1年くらいだった。
が、その上に「兵庫県」と付く、のがわかったのは3年生のころ。
兵庫区は神戸市の中にあるのに、同じ名前の県は、なんで神戸市より大きいんだ? と、長いこと違和感が拭えず、今も若干の違和感がある。
大屋町の山の中腹に聳え立ち、樹齢千年を超える「樽見の大桜」。国の天然記念物で国内最大のエドヒガン桜、仙桜とも呼ばれている。高さは何と14m、幹周り6m。一時は枯れかけて心配されたけど、樹木医の治療や地元住民の保護活動のおかげで毎年見事な花を咲かせている。でもなんで二つの名前が?
今は、旅番組などの影響で、有馬温泉が「神戸にある」というのは、関東でもよく知られているようですね。
でも、70年代に東京で学生だった時、TVでコマーシャルも流れていたから「有馬温泉」自体は有名だったけど、それが「神戸市内だ」というと「ウソ!?」と反応されることが多かったです。
毎年二月に、神戸市少年団主催の「耐寒登山」がありました。我が校は人数が少なかったので、5年生以上は全員参加。
旧市街の小学生は表側から、我々北神地区は裏の鈴蘭台側から再度山へ登って、 修法ヶ原に集合。
ある年は大雪だったが、それでも決行されたのでした。