明石を出て初めて玉子焼が明石焼と同じ意味だと知った。
兵庫といえば兵庫区を思い浮かべる。
姫路は好き。播州弁も好き。でも「ごうわく」とか使ったことない。
神戸市民の友人と給食の思い出を話したところ・・・私「黄金パンの日ってうれしかったよな~」友「黄金パンって何?」私「えっ?きな粉をコッペパン揚げたやつにまぶしたやつやけど、なかったん?」友「あー、きな粉パンな」私「え」
姫路にも灘があるというのが未だにしっくりこない。灘といえば神戸市灘区、あるいは私立の灘中、灘高のことと信じて疑わなかったけどなぁ。強いて言えば灘の生一本で酒蔵のイメージ?
毎年1月、西宮えびすに欠かさずお参りする西宮市民と、門戸厄神に欠かさずお参りする西宮市民とは、果たして互いに出会うことがあるのだろうか。
外国人を意識しない。
甲子園で試合時間が長引くと「加古川より向こうの人帰られへん」と呟かれる。
教室に土足で上がる地域には、下駄箱にラブレターなんていうトキメキは、ございません
必ず家庭に一つはあるモロゾフのカスタードプリンのガラス容器。
中学・高校は、神戸市内から三田まで通ってました。当時、国鉄福知山線利用者は「汽車通学」、神鉄利用者は「電車通学」と区別されてました。学校から遠足で大阪万博へ行ったとき、「汽車通学」の同級生が会場へ通じる地下鉄に架線がないのに気がついて、「あ!地下鉄もディーゼルなんや!うちと一緒や!」と、とても嬉しそうでした。あんまり嬉しそうなので、「第三レール」のことは、言いそびれてしまいました。
同じ神戸でも、須磨の一の谷辺りを境に西と東で天候がガラッと変わることがある。須磨山上遊園のところに引いてあるはりまとせっつの境界は気候的にも存在する。
神戸から西宮に越してきて、改めて実感しました。「阪神タイガース」は、「阪神(電鉄)タイガース」ではなくて、「阪神(地区)タイガース」です。この場合の「阪神」には、神戸も大阪も含まれません。 その「阪神」内では、西宮よりも尼崎の方が「虎熱」が、かなり高めです。
奈良の鹿公園での反応友人「きゃー!鹿かわいいー!おじぎしてるー!」自分の建前「そうだねーかわいいねー鹿」自分の本音(ついに餌にありつくために芸まで覚えたか・・・!鹿め・・・!)本音と建前の温度差に、たまに気づかれる
神戸人は、大阪と似ていると言うと怒るが、京都と似ていると言っても怒らない。
自転車愛好家の皆さん。ビワイチは反時計回りですが、アワイチは時計回りです。
明石は神戸・阪神に入ってますよね…?出身聞かれたら「神戸…らへん」てことにしてるので。
「明石海峡大橋」を「明石大橋」と言われ、「淡路島って明石と繋がってるよね?」と言われる。「ちゃうちゃう。淡路島が繋がってんのは神戸や!」
父実家、西宮母実家、垂水大元はどちらも岡山。
母方の祖父は、尊敬語などで「~しとってですか(していらっしゃるのですか)」などと言ってたりしてたような。
また、「おつかけごはん」という岡山伝承の汁かけご飯をよく母から出された。いわゆる、ねこまんまなんだけど、元はとってきたキジ肉全部をお鍋にしてそれをご飯と一緒に食べたという郷土料理的な。ほぼ岡山の食べ物だと思うんだけど、兵庫県でも西の方で通じませんかね??検索してもあんまり出てこないんですよね。いかなごのくぎ煮もよくいただいたな~。
ファミリアのバッグも中高生(特に私立)の女子高生に人気ですね。
某上様の時代劇の影響で、「江戸城」が「姫路」にあると思いこんでいた幼少期。
「ひ↑め→じ↓」やない、「ひ→め→じ→」や。
知っとうと思うけど 神戸市西区のほとんどは播磨国やぞぉ〜
苗字を聞けば出身集落がだいたいわかる。でも旧青垣町は足立さんと芦田さんばかり。
あらごみは東西南北どこからどこまで通じるのだろー。
若かりし頃の昔、引っ越してきたとき、聞き返したらそんなこともわからんの、と無駄に起こられた。豊中では言わなかった。
友人と奈良に行った時の温度差友人「わー!すごーい!鹿だよー!かっわいー!」自分「夜よく居るよね」
魚介類のバリエーションが半端ない。
近々行われるイカナゴの試験曳きの結果が気になる。
播州の秋祭りは姫路から高砂辺りまでと思われがち。
出身を聞かれたときに、関西の人には「宝塚」って答えるけど、遠方の人にはとりあえず「大阪」と言っておく。ちょっと気分が良いときは「神戸」って言ってみる。「いや厳密にはちゃうねんけど~(宝塚ってどこか知らんやろ?)」「兵庫」とは言えない。
たつのの隣と言っても通じず宍粟の南と言っても通じず姫路の近くと言っても通じず岡山の隣と言うと上郡と言われ鹿が多いと言えばどこもそうだと言われる
佐用です
明石を出て初めて玉子焼が明石焼と同じ意味だと知った。
兵庫といえば兵庫区を思い浮かべる。
姫路は好き。播州弁も好き。
でも「ごうわく」とか使ったことない。
神戸市民の友人と給食の思い出を話したところ・・・
私「黄金パンの日ってうれしかったよな~」
友「黄金パンって何?」
私「えっ?きな粉をコッペパン揚げたやつにまぶしたやつやけど、なかったん?」
友「あー、きな粉パンな」
私「え」
姫路にも灘があるというのが未だにしっくりこない。灘といえば神戸市灘区、あるいは私立の灘中、灘高のことと信じて疑わなかったけどなぁ。強いて言えば灘の生一本で酒蔵のイメージ?
毎年1月、西宮えびすに欠かさずお参りする西宮市民と、門戸厄神に欠かさずお参りする西宮市民とは、果たして互いに出会うことがあるのだろうか。
外国人を意識しない。
甲子園で試合時間が長引くと「加古川より向こうの人帰られへん」と呟かれる。
教室に土足で上がる地域には、下駄箱にラブレターなんていうトキメキは、ございません
必ず家庭に一つはあるモロゾフのカスタードプリンのガラス容器。
中学・高校は、神戸市内から三田まで通ってました。
当時、国鉄福知山線利用者は「汽車通学」、神鉄利用者は「電車通学」と区別されてました。
学校から遠足で大阪万博へ行ったとき、「汽車通学」の同級生が会場へ通じる地下鉄に架線がないのに気がついて、「あ!地下鉄もディーゼルなんや!うちと一緒や!」と、とても嬉しそうでした。
あんまり嬉しそうなので、「第三レール」のことは、言いそびれてしまいました。
同じ神戸でも、須磨の一の谷辺りを境に西と東で天候がガラッと変わることがある。須磨山上遊園のところに引いてあるはりまとせっつの境界は気候的にも存在する。
神戸から西宮に越してきて、改めて実感しました。
「阪神タイガース」は、「阪神(電鉄)タイガース」ではなくて、「阪神(地区)タイガース」です。
この場合の「阪神」には、神戸も大阪も含まれません。
その「阪神」内では、西宮よりも尼崎の方が「虎熱」が、かなり高めです。
奈良の鹿公園での反応
友人「きゃー!鹿かわいいー!おじぎしてるー!」
自分の建前「そうだねーかわいいねー鹿」
自分の本音(ついに餌にありつくために芸まで覚えたか・・・!鹿め・・・!)
本音と建前の温度差に、たまに気づかれる
神戸人は、大阪と似ていると言うと怒るが、京都と似ていると言っても怒らない。
自転車愛好家の皆さん。ビワイチは反時計回りですが、アワイチは時計回りです。
明石は神戸・阪神に入ってますよね…?
出身聞かれたら「神戸…らへん」てことにしてるので。
「明石海峡大橋」を「明石大橋」と言われ、「淡路島って明石と繋がってるよね?」と言われる。「ちゃうちゃう。淡路島が繋がってんのは神戸や!」
父実家、西宮
母実家、垂水
大元はどちらも岡山。
母方の祖父は、尊敬語などで
「~しとってですか(していらっしゃるのですか)」
などと言ってたりしてたような。
また、「おつかけごはん」という岡山伝承の
汁かけご飯をよく母から出された。
いわゆる、ねこまんまなんだけど、
元はとってきたキジ肉全部をお鍋にして
それをご飯と一緒に食べたという郷土料理的な。
ほぼ岡山の食べ物だと思うんだけど、兵庫県でも西の方で通じませんかね??
検索してもあんまり出てこないんですよね。
いかなごのくぎ煮もよくいただいたな~。
ファミリアのバッグも中高生(特に私立)の女子高生に人気ですね。
某上様の時代劇の影響で、「江戸城」が「姫路」にあると思いこんでいた幼少期。
「ひ↑め→じ↓」やない、「ひ→め→じ→」や。
知っとうと思うけど 神戸市西区のほとんどは
播磨国やぞぉ〜
苗字を聞けば出身集落がだいたいわかる。
でも旧青垣町は足立さんと芦田さんばかり。
あらごみは
東西南北
どこからどこまで通じるのだろー。
若かりし頃の昔、
引っ越してきたとき、聞き返したら
そんなこともわからんの、と無駄に起こられた。
豊中では言わなかった。
友人と奈良に行った時の温度差
友人「わー!すごーい!鹿だよー!かっわいー!」
自分「夜よく居るよね」
魚介類のバリエーションが半端ない。
近々行われるイカナゴの試験曳きの結果が気になる。
播州の秋祭りは姫路から高砂辺りまでと思われがち。
出身を聞かれたときに、関西の人には「宝塚」って答えるけど、遠方の人にはとりあえず「大阪」と言っておく。ちょっと気分が良いときは「神戸」って言ってみる。「いや厳密にはちゃうねんけど~(宝塚ってどこか知らんやろ?)」
「兵庫」とは言えない。
たつのの隣と言っても通じず
宍粟の南と言っても通じず
姫路の近くと言っても通じず
岡山の隣と言うと上郡と言われ
鹿が多いと言えばどこもそうだと言われる
佐用です