昔は播磨御蔭之荘だった現姫路市砥堀では、春の山にツツジが咲くと男児の祝いとか関係無く(おじサンでも爺でも)桃色に赤い斑入りの大型ツツジだけを集めて薬玉の様に丸く縛り高い竿に刺して庭で掲げました。
ポートアイランドでは、「ポーアイ」と、いささか間抜けな略称が自然発生的に定着した。 六甲アイランドでは、(多分)その轍を踏むまいと神戸市は、「RIC(Rokko Island City)」という略称を、あらかじめ用意した。 が、その甲斐もなく、今や「ろくあい」が定着している。
かつては、阪急沿線に住みたいと憧れていたが、止むをえざる事情で、阪神沿線に住むことになった。 そして今は、「阪急? ケッ!」で、断然、阪神沿線ファンです。 「安・旨・近」は、断然こっちだ。 商店街や市場はじめ各種お店の数も、圧倒的にこっちの方が多い。
播州でも浜手は塩田がぎょうさんありました。東京からその職人さんが来てレクチャーをしてくれたのだけれど思いっきりの江戸弁で話しよるさかい播州弁にべらんめいが混ざってしもた。祭りで飛び交う怒号はあまりにも凄まじいので普段は耳にしないけどそれでも十分に怖がられてしまう。
住宅地にギリギリまで近い伊丹空港。 飛行機が飛ぶと自然に会話が止まり、過ぎ去ったら何もなかったように再開する。 学校の朝礼も。
祭りの時にまわし姿がだらしないと 同級生や同僚の女の子に見られるのが 恥ずかしいので、こっそりスクワット とかしてお尻の筋トレしてました。 祭り好きの播磨の男は自分の後ろ姿に こだわるし、女の子は祭りの時に 一目惚れして結婚した、なんてエピソードがゴロゴロあると思います。
先日、テレビの「ケンミンSHOW」で、「神戸の豚まん」が紹介されていた。 出演者の皆さんが口々に、豚まんが「神戸名物」なのが、「以外!」とか「知らなかった」と驚いていた。 地元民からすると、「神戸の豚まん」が全国的には無名だった、という方が「以外!」で驚いた。
六甲山の裏側に位置し、神戸市扱いされていない北区の住民は三宮方面など六甲山の南側に行くときは「表(おもて)に行く」と言うことがあります。
季節になると近所の人から丹波黒豆をもらう。いろんな人からもらいすぎて毎週ザル山盛りの枝豆を食べる。枝付きは贈答用としては喜ばれるけど、ご近所さんにお裾分けするときは不評。
冬型の気圧配置が強い時、風が強くて日本海側の海岸線はほとんど雪が積もりません。雪がないからと軽装ででかけるとひどいめにあいます。 逆に弱い冬型とき、海岸線だけドカ雪のことがあって、完全冬装備ででかけると、少し内陸にはいっただけで晴れていて、職場の人にバカにされます。
東京の知人が、仕事で神戸へ来たときに持ってきた手土産は、ユーハイムのお菓子。 一緒に街を歩いていてユーハイムの前を通りかかり、彼は慌てて「しまった、神戸にもあったんだね」としきりに謝った。 「こっちが本店」とは、言い出しにくくて黙っていた。
東京からユーハイムを手土産に持ってきた知人、ドンクの前を通りかかったときには、「あ、ドンクもあるんだね。ここのパン、美味しいんだよ」と親切に教えてくれた。 こっちが本家、とはやはり言い出しづらくて、「そうですね」と答えておいた。
尼崎の市外局番が「06」なのは、よく知られている。 伊丹、川西、猪名川町は「072」だが、同じ阪神なのに、なぜか芦屋、西宮、宝塚だけは「0797」「0798」と4桁のままで取り残されているのは、どこかの誰かの「陰謀だ」という説が、地元で根強い。 三田と篠山も「079」と3桁だ。
但馬人は雪道より都会の道の方が怖い。
デパートは神戸阪急or大丸
小学生の頃、関東の友達と学校について話していた時、自分が、「この前日番になって〜」と話し始めたら、「日番って何?」と聞かれた。
神戸では、日直の事を日番と言う
コープ神戸の事を コープさん と呼ぶ
神戸市中央区下山手通り7丁目 近くには親和女学校とカトリック教会がありました、その近くに再会というゲイバーがあって、そこには日活の石原裕次郎をはじめ赤木圭一郎やそのほかの日活の大スターが来ていました子供の頃だったので父からそういうことを聞いたのですが、しりませんか?
兵庫県は、体育の時に ◯◯の体型にひらけ!と言いヤー!というのが普通です しかし中学生や高校生、また別の県にお引越になると1人だけヤー!ということが多くなり、恥ずかしくなります…。
豊岡の中心地以外、夜8時以降は人が出歩く事がほとんど無いため、家でくつろいでいる時に外から足音や話し声が聞こえてくると「何事?」と心配になり、玄関に確認しに行く事がある。
茹でキャベツのないかつめしに異論を唱える
その昔の小学生の頃、昼休みや放課後に、校庭で「インサ」というボール遊びをしてました。 地面に書いた「田」の字のコートで、ドッジボールを手で打つテニス(?)のようなゲームでした。 今の小学生も、やってるのかな?
母もイカナゴを、自宅のと配るのと仰山焚いとった。実家はプロパン業者の支配地やから、釘煮シーズンにはガス代が4万円にも!。実家住まいの頃は珍しくもなかったけど、県外に移住して釘煮を送ってもらって大好物に。母作・祖母作・叔母作の味比べも楽しみやった。イカナゴ絶滅は阻止せなあかん!。
じゃんけんで2チームに分かれるときの掛け声は「グーチーグーチー、グッチッチ!」が当たり前だと思っていたが、実はグーとチョキで分ける地域は少数派らしい。
地下鉄海岸線の音サインがよい。
「囲碁ボール」という白と黒のボールをゲートボールのステックで打って碁盤状のマットに五目並べをするニュースポーツは、今から30年ほど前に氷上郡柏原町で考案された。柏原町の石見神社に伝わる領地争いを囲碁で解決したという故事にちなんでいるという。
先生おんなる? 但馬出身ではない先生には通じない。
「宝塚」のローマ字表記、明治末期に発売されたウィルキンソン炭酸のラベルでは「TAKARADZUKA MINERAL WATER」となってますね。 その後ブランド名が「仁王水」となった後も、ラベルには「Bottled at TAKARADZUKA」とあったようです。
神戸市には、中央区と北区を結ぶ、全長約8キロメートルの新神戸トンネルがあります。真冬、「トンネルを抜けると、そこ(北区)は北国であった」状況に、その「北国」から出かける時、靴は雪仕様なので、三宮ではちょっと恥ずかしい
「鉄人28号」もまた、神戸生まれだ。 横山光輝が神戸銀行に勤務していたとき、行き帰りにいつも川崎造船の巨大なクレーン群を見上げていて、それが巨大ロボットの発想に繋がった。 「ビルの街にガオーッ」というのも、神戸の街をイメージしてのものだったそうです。
昔は播磨御蔭之荘だった現姫路市砥堀では、春の山にツツジが咲くと男児の祝いとか関係無く(おじサンでも爺でも)桃色に赤い斑入りの大型ツツジだけを集めて薬玉の様に丸く縛り高い竿に刺して庭で掲げました。
ポートアイランドでは、「ポーアイ」と、いささか間抜けな略称が自然発生的に定着した。
六甲アイランドでは、(多分)その轍を踏むまいと神戸市は、「RIC(Rokko Island City)」という略称を、あらかじめ用意した。
が、その甲斐もなく、今や「ろくあい」が定着している。
かつては、阪急沿線に住みたいと憧れていたが、止むをえざる事情で、阪神沿線に住むことになった。
そして今は、「阪急? ケッ!」で、断然、阪神沿線ファンです。
「安・旨・近」は、断然こっちだ。
商店街や市場はじめ各種お店の数も、圧倒的にこっちの方が多い。
播州でも浜手は塩田がぎょうさんありました。東京からその職人さんが来てレクチャーをしてくれたのだけれど思いっきりの江戸弁で話しよるさかい播州弁にべらんめいが混ざってしもた。祭りで飛び交う怒号はあまりにも凄まじいので普段は耳にしないけどそれでも十分に怖がられてしまう。
住宅地にギリギリまで近い伊丹空港。
飛行機が飛ぶと自然に会話が止まり、過ぎ去ったら何もなかったように再開する。
学校の朝礼も。
祭りの時にまわし姿がだらしないと
同級生や同僚の女の子に見られるのが
恥ずかしいので、こっそりスクワット
とかしてお尻の筋トレしてました。
祭り好きの播磨の男は自分の後ろ姿に
こだわるし、女の子は祭りの時に
一目惚れして結婚した、なんてエピソードがゴロゴロあると思います。
先日、テレビの「ケンミンSHOW」で、「神戸の豚まん」が紹介されていた。
出演者の皆さんが口々に、豚まんが「神戸名物」なのが、「以外!」とか「知らなかった」と驚いていた。
地元民からすると、「神戸の豚まん」が全国的には無名だった、という方が「以外!」で驚いた。
六甲山の裏側に位置し、神戸市扱いされていない北区の住民は三宮方面など六甲山の南側に行くときは「表(おもて)に行く」と言うことがあります。
季節になると近所の人から丹波黒豆をもらう。いろんな人からもらいすぎて毎週ザル山盛りの枝豆を食べる。枝付きは贈答用としては喜ばれるけど、ご近所さんにお裾分けするときは不評。
冬型の気圧配置が強い時、風が強くて日本海側の海岸線はほとんど雪が積もりません。雪がないからと軽装ででかけるとひどいめにあいます。
逆に弱い冬型とき、海岸線だけドカ雪のことがあって、完全冬装備ででかけると、少し内陸にはいっただけで晴れていて、職場の人にバカにされます。
東京の知人が、仕事で神戸へ来たときに持ってきた手土産は、ユーハイムのお菓子。
一緒に街を歩いていてユーハイムの前を通りかかり、彼は慌てて「しまった、神戸にもあったんだね」としきりに謝った。
「こっちが本店」とは、言い出しにくくて黙っていた。
東京からユーハイムを手土産に持ってきた知人、ドンクの前を通りかかったときには、「あ、ドンクもあるんだね。ここのパン、美味しいんだよ」と親切に教えてくれた。
こっちが本家、とはやはり言い出しづらくて、「そうですね」と答えておいた。
尼崎の市外局番が「06」なのは、よく知られている。
伊丹、川西、猪名川町は「072」だが、同じ阪神なのに、なぜか芦屋、西宮、宝塚だけは「0797」「0798」と4桁のままで取り残されているのは、どこかの誰かの「陰謀だ」という説が、地元で根強い。
三田と篠山も「079」と3桁だ。
但馬人は雪道より都会の道の方が怖い。
デパートは神戸阪急or大丸
小学生の頃、関東の友達と学校について話していた時、自分が、「この前日番になって〜」と話し始めたら、「日番って何?」と聞かれた。
神戸では、日直の事を日番と言う
コープ神戸の事を コープさん と呼ぶ
神戸市中央区下山手通り7丁目 近くには親和女学校とカトリック教会がありました、その近くに再会というゲイバーがあって、そこには日活の石原裕次郎をはじめ赤木圭一郎やそのほかの日活の大スターが来ていました子供の頃だったので父からそういうことを聞いたのですが、しりませんか?
兵庫県は、体育の時に
◯◯の体型にひらけ!と言いヤー!というのが普通です
しかし中学生や高校生、また別の県にお引越になると1人だけヤー!ということが多くなり、恥ずかしくなります…。
豊岡の中心地以外、夜8時以降は人が出歩く事がほとんど無いため、家でくつろいでいる時に外から足音や話し声が聞こえてくると「何事?」と心配になり、玄関に確認しに行く事がある。
茹でキャベツのないかつめしに異論を唱える
その昔の小学生の頃、昼休みや放課後に、校庭で「インサ」というボール遊びをしてました。
地面に書いた「田」の字のコートで、ドッジボールを手で打つテニス(?)のようなゲームでした。
今の小学生も、やってるのかな?
母もイカナゴを、自宅のと配るのと仰山焚いとった。実家はプロパン業者の支配地やから、釘煮シーズンにはガス代が4万円にも!。実家住まいの頃は珍しくもなかったけど、県外に移住して釘煮を送ってもらって大好物に。母作・祖母作・叔母作の味比べも楽しみやった。イカナゴ絶滅は阻止せなあかん!。
じゃんけんで2チームに分かれるときの掛け声は「グーチーグーチー、グッチッチ!」が当たり前だと思っていたが、実はグーとチョキで分ける地域は少数派らしい。
地下鉄海岸線の音サインがよい。
「囲碁ボール」という白と黒のボールをゲートボールのステックで打って碁盤状のマットに五目並べをするニュースポーツは、今から30年ほど前に氷上郡柏原町で考案された。柏原町の石見神社に伝わる領地争いを囲碁で解決したという故事にちなんでいるという。
先生おんなる?
但馬出身ではない先生には通じない。
「宝塚」のローマ字表記、明治末期に発売されたウィルキンソン炭酸のラベルでは「TAKARADZUKA MINERAL WATER」となってますね。
その後ブランド名が「仁王水」となった後も、ラベルには「Bottled at TAKARADZUKA」とあったようです。
神戸市には、中央区と北区を結ぶ、全長約8キロメートルの新神戸トンネルがあります。真冬、「トンネルを抜けると、そこ(北区)は北国であった」状況に、その「北国」から出かける時、靴は雪仕様なので、三宮ではちょっと恥ずかしい
「鉄人28号」もまた、神戸生まれだ。
横山光輝が神戸銀行に勤務していたとき、行き帰りにいつも川崎造船の巨大なクレーン群を見上げていて、それが巨大ロボットの発想に繋がった。
「ビルの街にガオーッ」というのも、神戸の街をイメージしてのものだったそうです。