飛行機乗ったら昆陽池探して、日本!日本列島って言うのは伊丹市民
神戸にはマンモス校が多数存在しており、西区にはプレハブを建てすぎて校庭が狭くなり、クラス毎に使用出来る時間が決められている学校もある。 更には1学年10クラスもある中学校も存在しており、校歌を歌えば街中に響き渡るという。
舞子〜学園都市のバスはとにかく揺れる。何も分からず乗ると信じられないくらい酔う可能性があるので注意が必要であり、古い車両が来ない事を祈るしかない。
神戸は役所を転々と移転しがち。市役所も新開地から三宮に移転しており、最近では今年12月に西区役所が10キロほど移動するらしい。他地域からは考えられないレベルの移転も、さすが神戸さんである。
播磨の一部には神戸の北の淡河川から御坂サイフォン等を経由して流れてくる淡河川水系がある。元々水の少なかった地域に水路を通したらしいので、もしかしたら「淡河川の水止めるぞ」という滋賀県の様なおどし方も出来る?
神戸市営地下鉄には三木方面と西明石方面への延伸計画があった。だが、実現には至らず、今日に至っている。西神中央駅にある線路の無い乗り場や、神出にある「神出に地下鉄を!」の看板はその名残り?
小学校。 「体操の隊形にひらけ!」 「ヤー!!!」
播磨のソウルフード御座候。御座候の餡子は回転焼きなどとは異なり、赤は粒あんだが、白は白あんではなく手ぼうあんなのだ!なので他の地域で「白ください」って頼むと白あんが出てきてちょっと残念。
昭和40年代、鈴蘭台地区は人口が急増したが、小学校は小部小学校1校だけ。児童数の急激な増加に対して、校庭にプレハブ校舎を建てて凌いでいた。 同じころ急速に宅地開発された山の街には、まだ小学校がなくて、当時ここへ越してきたという知人は、電車で谷上小学校へ通っていたそうだ。
朝から学校じゃない勉強に行く格好して電車に乗ってる小学生 「お、べつべんか」と思ったけど、神戸エリアしか言わんかな。 こちらお江戸です(笑)
宝塚音楽学校の生徒やタカラジェンヌを街中や電車内で見る事が珍しくなく、一目で分かる。
どこの出身か在住か言う時に、兵庫とはあまり言わずに市の名前で言う。
但馬ではカニは買って食べるものじゃない! 貰って食べるものだ!
「三田」はイントネーションを間違えるとすごく田舎くさく聞こえるな…と気にしている。
よそからの人は神戸市北区も三田扱いするけど、地元民からすると北区って言っても神戸なんや…!というギリギリのプライドと神戸への憧れがある。
三田は兵庫のチベット(シベリア)などと言われるが、宝塚方面から電車で来ると「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」をリアルで体験できる。
自転車でアワイチ(淡路一周)をする人は体の左半分が焼けがち 時計回りで走るとだいたい太陽が左手にある
ある日生まれも育ちも東京の後輩社員が「ほんま、あいつごうわきますわ」と話していたのでなぜそんな播州言葉を話すの?と尋ねたら「自分は東洋大学野球部にいましたが東洋大姫路出身の野球部員がよく使うので自分もつい。」と言っていました。元巨人の清水も使っていたとか(笑)
母校がセンバツに出場したとき、応援は、現地集合、現地解散だった。 友人と連れ立って電車で甲子園へ行くと、アルプス席の入場口に立った先生が、三々五々やってくる生徒に入場券を渡していた。
武庫川駅をはじめ、香櫨園、芦屋川、石屋川と、阪神電車には、川を跨いでホームのある駅が多い。 香櫨園駅のホームには、夙川の真上に出られるバルコニーがあって、桜の季節には、わざわざ途中下車してここから桜を眺める人も多い。 芦屋駅のホームから川沿いに山手を望む景色も、和みます。
何度か投稿しているが、“神戸・阪神”地域でいいのか不安になる。 猪名川町が“神戸・阪神”に地域分けされているのが申し訳なく感じる。
神戸市の学校は校外学習の後、帰る時の集合場所が絶対に東遊園地。ルミナリエの建っていない東遊園地に児童、生徒、学生がいたら、だいたい校外学習
「夢と未来を応援します」でおなじみばんしんのCMは明石駅で大音量で流れているので、校外学習の解散時の先生の話が一切聞こえない。
明石駅の広告掲示板、「デンタルオフィスゥゥゥゥゥゥゥゥウ!!キタァァァァァァアノォォォォォォオ!!!!!!」
京都人にとって「前の戦」と言えば太平洋戦争ではなく応仁の乱(蛤御門の変とも)を差すという都市伝説(?)があるが… 兵庫県で十年ぐらい前までは「地震」「震災」とは、関東大震災等ではなく、阪神淡路大震災を指す言葉だった。 東日本大震災以降は、ある程度言葉を変えるようになったが。
このU5Hの漫画を描いてる、もぐらさんの『うちのトコでは』。 第一巻の阪神淡路大震災を描いた「夢の架け橋」を読んで、涙した兵庫県民多数・・・
昨年暮れに放映された「ローカル路線バスVS鉄道」は、京都から姫路に向かう対決。 「姫路」は、やはり「ひめじ」じゃなくて「ヒめじ」と言ってましたが、「三田」もまた、「さんだ」じゃなくて「サんだ」とアクセントが頭にきてた。 出演者だけじゃなくナレーションも「ヒめじ」「サんだ」だった。
知り合いが、かつて猪名川町在住でした。 なにかの書類を取り寄せるのに電話で住所を伝えたところ、届いた封書には「兵庫県河辺郡稲川町」とあったそうっです。 それでも届く「郵便番号制度を見直した」と言ってました。
西宮に越してからは、すっかり忘れていたけど、神戸市北区にいたころ、冬には毎夜、寝る前に水道を「お湯」側にして細く水を流しっぱなしにしていた。これを忘れると、翌朝には(まず間違いなく)給湯器が凍り付き、お湯を沸かしてかけたりと大騒ぎしてた…のを、初雪を見て、ふと思い出しました。
猪や鹿を見ても自慢にならない猪名川町だが、車でぶつかると自慢話になる。 そして、ぶつかった車が大破すると武勇伝になる。
飛行機乗ったら昆陽池探して、日本!日本列島って言うのは伊丹市民
神戸にはマンモス校が多数存在しており、西区にはプレハブを建てすぎて校庭が狭くなり、クラス毎に使用出来る時間が決められている学校もある。
更には1学年10クラスもある中学校も存在しており、校歌を歌えば街中に響き渡るという。
舞子〜学園都市のバスはとにかく揺れる。何も分からず乗ると信じられないくらい酔う可能性があるので注意が必要であり、古い車両が来ない事を祈るしかない。
神戸は役所を転々と移転しがち。市役所も新開地から三宮に移転しており、最近では今年12月に西区役所が10キロほど移動するらしい。他地域からは考えられないレベルの移転も、さすが神戸さんである。
播磨の一部には神戸の北の淡河川から御坂サイフォン等を経由して流れてくる淡河川水系がある。元々水の少なかった地域に水路を通したらしいので、もしかしたら「淡河川の水止めるぞ」という滋賀県の様なおどし方も出来る?
神戸市営地下鉄には三木方面と西明石方面への延伸計画があった。だが、実現には至らず、今日に至っている。西神中央駅にある線路の無い乗り場や、神出にある「神出に地下鉄を!」の看板はその名残り?
小学校。
「体操の隊形にひらけ!」
「ヤー!!!」
播磨のソウルフード御座候。御座候の餡子は回転焼きなどとは異なり、赤は粒あんだが、白は白あんではなく手ぼうあんなのだ!なので他の地域で「白ください」って頼むと白あんが出てきてちょっと残念。
昭和40年代、鈴蘭台地区は人口が急増したが、小学校は小部小学校1校だけ。児童数の急激な増加に対して、校庭にプレハブ校舎を建てて凌いでいた。
同じころ急速に宅地開発された山の街には、まだ小学校がなくて、当時ここへ越してきたという知人は、電車で谷上小学校へ通っていたそうだ。
朝から学校じゃない勉強に行く格好して電車に乗ってる小学生
「お、べつべんか」と思ったけど、神戸エリアしか言わんかな。
こちらお江戸です(笑)
宝塚音楽学校の生徒やタカラジェンヌを街中や電車内で見る事が珍しくなく、一目で分かる。
どこの出身か在住か言う時に、兵庫とはあまり言わずに市の名前で言う。
但馬ではカニは買って食べるものじゃない!
貰って食べるものだ!
「三田」はイントネーションを間違えるとすごく田舎くさく聞こえるな…と気にしている。
よそからの人は神戸市北区も三田扱いするけど、地元民からすると北区って言っても神戸なんや…!というギリギリのプライドと神戸への憧れがある。
三田は兵庫のチベット(シベリア)などと言われるが、宝塚方面から電車で来ると「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」をリアルで体験できる。
自転車でアワイチ(淡路一周)をする人は体の左半分が焼けがち
時計回りで走るとだいたい太陽が左手にある
ある日生まれも育ちも東京の後輩社員が「ほんま、あいつごうわきますわ」と話していたのでなぜそんな播州言葉を話すの?と尋ねたら「自分は東洋大学野球部にいましたが東洋大姫路出身の野球部員がよく使うので自分もつい。」と言っていました。元巨人の清水も使っていたとか(笑)
母校がセンバツに出場したとき、応援は、現地集合、現地解散だった。
友人と連れ立って電車で甲子園へ行くと、アルプス席の入場口に立った先生が、三々五々やってくる生徒に入場券を渡していた。
武庫川駅をはじめ、香櫨園、芦屋川、石屋川と、阪神電車には、川を跨いでホームのある駅が多い。
香櫨園駅のホームには、夙川の真上に出られるバルコニーがあって、桜の季節には、わざわざ途中下車してここから桜を眺める人も多い。
芦屋駅のホームから川沿いに山手を望む景色も、和みます。
何度か投稿しているが、“神戸・阪神”地域でいいのか不安になる。
猪名川町が“神戸・阪神”に地域分けされているのが申し訳なく感じる。
神戸市の学校は校外学習の後、帰る時の集合場所が絶対に東遊園地。ルミナリエの建っていない東遊園地に児童、生徒、学生がいたら、だいたい校外学習
「夢と未来を応援します」でおなじみばんしんのCMは明石駅で大音量で流れているので、校外学習の解散時の先生の話が一切聞こえない。
明石駅の広告掲示板、「デンタルオフィスゥゥゥゥゥゥゥゥウ!!キタァァァァァァアノォォォォォォオ!!!!!!」
京都人にとって「前の戦」と言えば太平洋戦争ではなく応仁の乱(蛤御門の変とも)を差すという都市伝説(?)があるが…
兵庫県で十年ぐらい前までは「地震」「震災」とは、関東大震災等ではなく、阪神淡路大震災を指す言葉だった。
東日本大震災以降は、ある程度言葉を変えるようになったが。
このU5Hの漫画を描いてる、もぐらさんの『うちのトコでは』。
第一巻の阪神淡路大震災を描いた「夢の架け橋」を読んで、涙した兵庫県民多数・・・
昨年暮れに放映された「ローカル路線バスVS鉄道」は、京都から姫路に向かう対決。
「姫路」は、やはり「ひめじ」じゃなくて「ヒめじ」と言ってましたが、「三田」もまた、「さんだ」じゃなくて「サんだ」とアクセントが頭にきてた。
出演者だけじゃなくナレーションも「ヒめじ」「サんだ」だった。
知り合いが、かつて猪名川町在住でした。
なにかの書類を取り寄せるのに電話で住所を伝えたところ、届いた封書には「兵庫県河辺郡稲川町」とあったそうっです。
それでも届く「郵便番号制度を見直した」と言ってました。
西宮に越してからは、すっかり忘れていたけど、神戸市北区にいたころ、冬には毎夜、寝る前に水道を「お湯」側にして細く水を流しっぱなしにしていた。これを忘れると、翌朝には(まず間違いなく)給湯器が凍り付き、お湯を沸かしてかけたりと大騒ぎしてた…のを、初雪を見て、ふと思い出しました。
猪や鹿を見ても自慢にならない猪名川町だが、車でぶつかると自慢話になる。
そして、ぶつかった車が大破すると武勇伝になる。