元町「東亜食堂」
2023/01/26 hapalomiさんの投稿
エピソード
神戸YMCA専門学校の副校長の行きつけで、生徒の私たちも度々行ってました。おかあさん、優しかったな。卒業後、ぶらぶらしていた私に六甲道店でバイトしたらと、毎日加古川から通ってました。昭和62/1987年、バブル期でした。牛バラ飯、食べに行こうと。
他のエピソード
2024/11/01 マァークンさんの投稿
御節を頼んだりしていました。
お粥が絶品で
よく魚のをいただきました。
出汁とパクチーと揚げ麩?と生卵で
美味しかった。神戸の中華の料理人さんが
よくこられていました。
2022/02/25 ひろりんさんの投稿
父が飲んだ帰りに、お土産として買ってきました。豚まんの具材はゴロゴロした肉で赤い色をしていたことを思い出しました
六甲道のお店には、ありません
2020/11/30 たろからさんの投稿
探したら、写真がありました。
2000年ころだったと思います。
2020/11/30 たろからさんの投稿
「おばあちゃん」は、二代目店主だったみたいです。
六甲道は支店じゃなくて、初代の店からの暖簾分けじゃないかな。
トマトや慈姑を使った炒め物とか、泥鰌の料理とか、卓上のメニューにはない、斬新な「裏メニュー」も多い中華屋さんでした。
2020/11/25 Fernwehさんの投稿
二階に上がってのんびり中華粥やら何やら食べてました。店主さんでしょうかおばあちゃんが親切な人でお茶の葉をお土産にもらった記憶が。六甲道にも支店がありませんでしたか?
2020/08/26 たろからさんの投稿
鯉川筋を上って、生田新道を超えたところにあった老舗中華料理店。
小さな店だけど、味は抜群、値段はリーズナブル。中華粥が絶品でした。
箸袋には、「穴門筋・東亜食堂」とあって、即ち今の鯉川筋が出来る前からあったのですね。
小林信彦の小説や、中島らものエッセイにも登場した店でした。
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