福知山線が新三田まで電化・複線化されたのは1986年。 なので、ある程度以上の年齢の人(我々です)には、今なお、福知山線と言えば、「電車」よりも「汽車(気動車)」というイメージが強い。 電化前の秋、所用でこの線に乗った東京の知人は、宝塚‐三田間の絶景に感激してました。
電化前の福知山線は、汽車の場合、ドアは開けっ放しだったけど、デッキがあったので、さほど寒さは感じませんでした。 気動車は、かなり隙間風が入ってきてた・・・ような記憶がありますが、さほどスピードは出なかった(大阪ー三田・所要90分)ので、我慢できる範囲内だったと思います。
冬場、大阪から三田、篠山方面へ向かうとき、西宮名塩を過ぎた辺りのトンネルを通過するたび、すきま風で車内温度が下がる。なので居眠りしてても目が覚めて寝過ごすことも少なかった。 今はすきま風が入る事もなく
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話題のないないあるある
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