県公式・兵庫五国連邦プロジェクト

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がら空きの新快速

2020/03/30 よっちゃんさんの投稿

エピソード

ありましたねぇ~。急行型の165系だっけ、ドアが車両の端にしかないので、早めにデッキに行かないと降りれません。それに昼間しか走っていなかった。快速電車に冷房が無い時代だったから、揺れても涼しくて優等感がありました。


他のエピソード

2021/12/23 たろからさんの投稿

そうでした。
新快速、登場時の電車は、デッキがついた電車でした。
当時は快速電車にもありましたから、当然、新快速にも座席に灰皿が備えられていました。
自分にも、新快速車内で煙草を吸っていた記憶があります。
阪急や阪神は全面禁煙でしたので、喫煙者にはありがたい電車でしたね。

2019/12/04 たろからさんの投稿

それ以来、京都へ行くときなど、あの座ってても尻が浮き上がるほどの揺れさえ我慢すれば、速いし確実に座れるしで、よく使うようになった。
国鉄時代の新快速は、複々線内側の電車線を走っていたのだが、新大阪にも停まらなかったので、北陸行きの特急を追い抜くことも度々でした。

2019/12/03 たろからさんの投稿

いつも阪急か阪神だったのですが、ある日の午後、大阪から三宮まで、国鉄の新快速を使ってみたのは、1974年。
車内はがら空き、というより、6両編成の各車両に平均2~3人で、走り出すと、めちゃ揺れました。
停車駅は、京都-大阪-三ノ宮-明石-姫路だった。

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